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星の髪飾りに導かれて

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 柘榴アリス
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ファーストキス

ギリ、と顎を掴んでいる手に力が籠められる。波瑠は痛みに顔を歪めた。
「好きに吠えていろ。どうせ、お前には何もできない。俺からは…、逃げられない。」
いきなり、身体を押され、波瑠は視界が暗転した。ダン!と音を立てて床に押し倒される。目の前には怜二が馬乗りになって波瑠を見下ろしている。苛立ちの籠った表情を浮かべたままの彼を目にして波瑠は怯えた。何をされるのかと身構えていると彼の顔が近付いた。気が付けば彼の顔が間近にある。唇には柔らかい感触が…、波瑠は彼にキスをされたのだと気づいた。
「ん…!んー!んー!」
慌てて彼から逃れようと抵抗するが彼は波瑠の抵抗する手を掴み、身体を押さえつけたままキスをする。ぬるり、と舌が口腔内に入ってくる。舌を絡ませられ、まるで自分を食らおうとするかのような激しいキスをされる。反射的に波瑠は彼の舌に歯を立てた。
「ッ!」
彼は顔を顰めて、波瑠から唇を離した。波瑠を睨みつけようとする彼より早く、波瑠は手を振り上げた。パン!と子気味良い音が鳴り響いた。
「あなたなんて…、あなたなんて…、大っ嫌い!」
波瑠は怜二の頬を思いっきり叩いた。
「嫌い?」
彼はクッと笑った。
「嫌いで結構だ。そもそも、この婚約はお互いの利益のための取引だ。お前の感情などどうでもいい。」
「っ…!」
波瑠の気持ちなど不要だという言葉に息を呑んだ。
「だ、だったら…、どうしてキス何てしたの…?私…、初めてだったのに!」
波瑠は涙を浮かべて思わず唇を押さえて俯いた。
「…。」
「私の事…、どうでもいいならどうして、キス何て…、」
「簡単な事だ。てっとりばやく、女の口を塞ぐのはあれが一番効果的だからだ。そもそも、俺の所有物を好きに扱って何が悪い。」
波瑠は弾かれたように顔を上げた。
「初めて、か。良かったな。俺が相手で。いい思い出になっただろう?」
「良かった…?いい思い出…?ちっともよくない!私は…、私は…!ファーストキスは好きな人とってずっと思っていたのに!それなのに…!」
この悪魔のような男にささやかな夢は砕かれてしまった。
「女はつくづく面倒な生き物だな。たかがキス位でガタガタと。…よく覚えておけ。男は気持ちなどなくても、女とキスする位、できるんだ。…勿論、その先の事もな。」
信じられなかった。目の前の彼の姿に。あのパーティーで会った時の穏やかで紳士然とした姿は欠片もない。まるで別人のように冷たい表情を浮かべている。これは、一体、誰?
「それが…、あなたの本性なの?あの時、パーティーで出会った時のあなたはとても親切で優しそうだったのに…、」
「ああ。成程。そういう事か。ったく、女はすぐ見かけに騙される。俺の素はこっちだよ。普段は隠しているだけだ。」
「ど、どうしてそんな真逆な性格を隠しているの?」
「そっちの方が都合がいいからに決まっているだろ。女は大体、こういった王子様タイプの男が好きだからな。お前もそうなんだろう?波瑠。」
「えっ?」
「あのパーティーで会ってから俺の事が気になってたんじゃないのか?…もしかして、惚れていたんじゃないのか?」
「そ、そんな事ある訳ない!」
「へえ?」
波瑠の否定に彼は目を細める。
「あ、あなたみたいな二重人格で最低な人…、好きになんかなる訳ない!」
「ハッ、言ってろ。俺もお前みたいな餓鬼はタイプじゃない。…もう少し肉付きをよくして色気をだせるようになったら考えてやる。今のお前は全くそそられない。キスも下手だったしな。」
「なっ…!?」
暗に身体が貧相だと指摘され、波瑠はショックを受けた。確かに姉のように波瑠は胸は大きくないし、どちらかというと貧乳だ。気にしているだけにはっきり言われると傷ついた。その気もないのにキスはするのにこの言い様だ。彼は本当に女なら誰とでもああいう事ができるのだろう。篠崎も彼は女遊びが激しいと言っていた。彼の言葉は正しかった。波瑠はふるふると震えた。
「だ、だったら…、あなたは自分のタイプの女性と付き合えばいいじゃないですか!私だって、あなたなんかに相手をしてほしいだなんて思わない!」
「…それはそれは。物分かりのいい婚約者で助かる。こちらが言う手間が省けたな。」
彼の言葉から、波瑠は理解した。元々、彼は波瑠と婚約者になっても平気で浮気をするつもりだったのだ。何て酷い人…!そして、そんな自分がどうしようもなく、惨めだった。

バシャバシャと波瑠は家に帰るとすぐに洗面所で口をゆすいだ。そうでもしないと、気がすまなかった。あんな最低な人にファーストキスを奪われてしまったなんて…。涙が出てきそうになる。あんな人だったなんて…、波瑠の大切な髪飾りを安物だと馬鹿にし、思い出を踏みにじった男。二重人格で波瑠を道具か所有物のように扱う最低な人。おまけに婚約者である波瑠がいるのに平気で女遊びをするような人だ。波瑠はそんな人が自分の婚約者であることに絶望した。でも、波瑠には分かっていた。この婚約の重要性を。簡単な事では破棄できないことも。相手によっぽど問題がない限りは。
「そうか…。あの人の浮気を証拠として掴めたらもしかしたら…、」
あの怜二の事だ。きっと裏では相当遊んでいるに違いない。篠崎もそう言っていたし、彼自身も波瑠以外の女と遊ぶようなことをはっきりと口にしていた。だったら、きっとすぐに証拠が掴めるはずだ。そうすれば、もしかしたら…、波瑠は早速行動に移した。
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