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星の髪飾りに導かれて

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 柘榴アリス
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突然の婚約

そういえば、自分は工藤家は噂だけしか知らない。本人には会ったこともないし、見たこともない。無論、調べたりすれば分かる事だが特別な関わりもないし、知りたいとも思わなかったし、興味もなかったのでわざわざ調べることもしなかった。なので、波瑠は工藤怜二という御曹司を名前だけは知っても顔は知らなかったのだ。この瞬間までは。愕然と目を見開く波瑠に怜二はにこりと微笑んだ。そのまま波瑠の手をズイ、と掴んで強引に握手する。
「こ、婚約って…、あの、どういう事…、なのでしょうか?工藤様は江利香お姉様に求婚されたのでは?」
「いいえ。わたしは縁談の打診はきていましたがまだ正式には返事はしていませんよ。わたしはあなたがいいのです。あのパーティーで出会ってからわたしはあなたに心惹かれました。」
「波瑠。本当なのか?その…、パーティーで彼と会ったという話は。」
「え、ええと…、はい。」
義父の言葉に波瑠は頷いた。
「御堂様。お話した通り、あのパーティーで出会って以降、わたしはお嬢様に惹かれました。わたしは、ずっと妻にするなら気遣いのできる心優しく、奥ゆかしい女性をと思っていました。彼女はまさにわたしの理想です。」
「い、いや。しかし、君には長女である江利香を相手にと…、」
「江利香お嬢様も素晴らしいご令嬢です。わたしなどには勿体ない程に。ずっと心に引っかかっていたのです。わたしのような成り上がりが高貴なあの方の手を取る資格があるのかと。江利香お嬢様にも言われました。生まれも育ちも高貴な自分の婚約者にしてやるのだから感謝しなさいと。」
「な、何!え、江利香がそんな事を…!?」
幾ら何でもそれは言ってはならない。確かに血筋や出自は劣るかもしれないが工藤家の権力と発言力は大きい。成り上がりだからと侮っていい相手ではない。義姉の上から目線な態度はいつもの事だがまさか、人前でもそんな態度をとっていたとは。しかも、工藤家の御曹司相手に。…それは、工藤家に喧嘩を売っているのと同じだ。
「も、申し訳ない!江利香にはよく言い聞かせておくので…、」
「いいえ。わたしは気にしていません。事実ですから仕方がない事です。…ですが、その言葉はずっと私の心に響いていました。わたしでは江利香お嬢様にふさわしくない。彼女にはもっとふさわしい相手がいるのではと。そんな時にお嬢様に出会いました。彼女は成り上がりの私にも優しく接し、家柄や身分など関係ないと言ってくれました。自分も元は庶民で御堂家の好意で引き取られたに過ぎない。私たちは似た者同士だと。その言葉にわたしは救われました。」
ん?ちょっと待って。私、そんな事は言ってない!確かに自分は養女だと言った。でも、元は庶民であることは言ってないし、ましてや彼が語った後半の部分は全く持って身に覚えがない事だった。慌てて否定しようとするが
「そうですよね?」
彼はにこりと波瑠に輝くばかりの笑顔を向けた。見ているだけで甘く、眩しい笑顔だ。それは、思考を奪い去る様な威力を持っている。美形に耐性がない波瑠は思わず見とれてしまい、頷きかける。しかし、小さい頃から人の顔色を窺い、人の感情に敏感な彼女は気が付いた。よく見たら、彼の瞳からは妙な威圧感が漂っているのだ。何となく、逆らってはいけない。そんな気がした。波瑠はコクコクと頷いた。
「そんな事が…、い、いや。しかし、波瑠はまだ十五歳でして…、婚約者にするにはまだ…、」
「そうですか。残念です。」
彼の言葉に波瑠はほっとした。諦めてくれたと思ったのだ。
「誠に残念ですが…、この縁談はなかったことにして頂きたい。」
「な、何?」
え?と波瑠は目を瞬いた。
「波瑠お嬢様に心惹かれているのに江利香お嬢様と婚約し、このまま何事もなかったように振る舞う事はできませんから。」
「そ、それは…、」
「折角の良縁ですが…、幸い工藤家には幾つかの婚約の申し入れが来ているのです。わたしはお嬢様を忘れられる様に致します。」
「ま、待ちなさい。工藤君。分かった。君の申し出を受け入れよう。」
「お、お義父様!?」
波瑠は思わず声を上げた。そんな突然勝手に決められても!しかし、波瑠の言葉は工藤によって遮られた。
「ご理解頂けて、嬉しいです。御堂様。」
満足げに微笑む工藤に波瑠は思った。…もしかして、この人、こうなるって分かっていたんじゃ…、波瑠はそんな不信感を抱いた。
「ま、待ってください!そんな急に言われても…、そもそもこれは義姉様にきた縁談でしょう?それに、跡取り娘でもあり、長女である江利香お姉様よりも先に私に婚約者ができるなんて、順番が逆です。本来なら、お姉様が…、」
「波瑠。お前もこの御堂家の一員だ。これも、御堂家の娘として与えられた役目だ。工藤家にふさわしい婚約者としての振る舞いをするように。」
「お、義父様…!」
波瑠は父の言葉に戸惑った。工藤家の繋がりは父も望んでいたことだった。だが、江利香では相手がその縁を望まない。だから、相手の要求を呑んだのだ。工藤家と繋がりを持てばその利益は計り知れない。家同士の結婚だけでそれが手に入るのだ。理屈では分かっていても、納得できるものではなかった。相手の怜二は一度会っただけで碌に知らないのだ。そんな相手と婚約者だなんて…、そんな思いで口を開こうとする波瑠だったが
「そういえば…、お嬢様には意外な一面がおありになるのでしたね。ご存知でしたか?御堂様。」
突然、何を…、と波瑠は不思議そうに怜二を見上げる。
「波瑠お嬢様とパーティーで会ったとわたしは話しましたね。その時、具体的な事をわたしは話していませんでした。実はですね…、あの時はお嬢様がグラスを持って私に…、」
波瑠は声にならない悲鳴を上げた。さあ、と顔色が真っ青になる。反射的に彼の服の裾を掴んだ。すると、彼は言葉を止めて波瑠を見下ろした。
「どうしました?そんな不安そうな顔をして。ああ。やはり、婚約の件が気がかりなのですね。波瑠お嬢様。こんなわたしですが…、あなたを大切にします。ですから、どうかわたしを選んでくれませんか?」
波瑠は頷くしかなかった。その時、蹴破るような勢いでドアが開かれる。
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