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星の髪飾りに導かれて

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 柘榴アリス
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美貌の御曹司との出会い

そんな至福の時間を味わっていくと、不意に会場がざわついた。どうしたのだろうと思って視線を向けると、会場の入り口に誰かが到着した様だった。その姿を目にして、特に若い令嬢たちが頬を染めて興奮している様子だ。
「見て!怜二様よ。あの工藤家の…、」
「ああ。いつ見ても、素敵…。」
工藤家の人間。怜二という名前。波瑠は記憶を手繰り寄せた。確か最近、急速に力をつけている家の名だ。ただ、一代で財を築いたやり手の経営一族。いわゆる、成り上がりであるがその経営手腕は見事な物で既に上流階級の間でも名を知られている。工藤家の存在は最早、無視できるものではなかった。その財力と権力はこの世界では絶大な力を持っていた。工藤家に足りないのは家柄と血筋ぐらいだろう。一部の上流階級の者は工藤家を成り上がりと馬鹿にするが工藤家を取り入ろうとする人間も多かった。そして、工藤家の子息である怜二様は令嬢たちの間で噂になっていた。彼は次期当主に選ばれるだけあり、優秀な人材で将来を期待されていた。おまけに長身の背に人形のように整った顔立ちは彼女達にとって憧れの存在だった。既に彼にはたくさんの名家の出の令嬢との縁談が殺到しているらしい。着いて早々に令嬢たちに囲まれた怜二様はまるで、アイドル並みの人気だなあ。と波瑠は感心していた。あれ?でも、確か工藤家って…、はたと波瑠はある事実に気が付いた。すると、怜二の元に一人の女性が駆け寄った。江利香だ。江利香は女の波を掻き分け、気付かれないように彼女達を牽制すると彼の前に現れた。さっきまでたくさんの男性に囲まれていた江利香はその男達には目も暮れずに怜二にしか目に入っていない様子で話しかけている。そうだった。確か工藤家の怜二様といえば、お義姉様と縁談の話があるって噂があったな。義姉の様子を見る限り、嫌ではないようだ。気位が高い彼女の性格上、自分の家柄に釣り合った相手でないと嫌だと言いそうだが嫌がるどころか彼に対して、好意を抱いているように見える。相手がどんな表情で姉を見ているかはこちらに背を向けているので見えないがきっと相手も義姉と縁結びをできることを喜んでいるのだろう。今までの求婚者たちと同じように。お腹が満たされた波瑠はグラスを手にして、少しバルコニーに出て涼んで来ようと思い立った。そこに向かう最中の事だった。いきなり、死角から現れた人物にぶつかり、持っていたグラスのジュースが相手にかかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
波瑠は慌てて謝り、頭を下げた。
「いや。大したことはない。これ位は気にするな。」
「いえ!染みになっては大変ですから!…すぐに染みをとりますので…、こちらへ。」
「…。」
波瑠はそう言って、相手を休憩室へと誘導した。渋る相手を焦って多少、強引な波瑠に相手は黙ってついてきた。波瑠は相手に濡れたジャケットを脱いでもらい、ソファーで座って貰った。そして、急いで染み取りを行った。
―あ…。良かった。そんなに汚れてない。
もっと盛大にかかっていたと思ったがそこまで酷くはなかった。これなら、すぐに終わりそうだ。ハンカチをジャケットの布地の下から当てて、もう一つの水で濡らしたハンカチをジャケットの上からポンポンと軽く押し当てて、染みを落としていく。暫くすると、染みは綺麗になくなっていた。
「お、終わりました…。」
「手慣れているな。」
「あ、いえ…。私のメイドがやってくれたのでそれを見よう見まねで…、」
波瑠は説明する為に顔を上げた。その瞬間、相手の顔を見上げて、声を失った。あまりにも綺麗な人だったからだ。波瑠が見上げる程の長身の背、艶やかな黒髪にスッと高い鼻梁、形のいい薄い唇、きめ細やかな肌…。その端正な顔立ちに言葉を失くす。今までに見たことがない程に綺麗な男だった。男に綺麗だなんて失礼かもしれないが本当にそう思ったのだ。
「どうかしたのか?ご令嬢。」
ハッと波瑠は我に返った。彼に見惚れていたのだ。波瑠は恥ずかしくなり、頭を下げた。
「い、いえ!その…、ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした。おまけに飲み物で服を汚してしまい…、何とお詫びをしたらよいか…、」
どうしよう。これで御堂家に迷惑でもかかったら…、そんな不安でいる波瑠に相手の男性は、
「いや。いきなりぶつかったのはわたしのほうだ。謝るのはわたしのほうだ。すまなかったな。」
「そ、そんな…!周りをよく見ていなかったわたしも悪かったですし…、」
何てできた人だろう。波瑠は好感を抱いた。ぶつかった自分を責めずに自分が悪かったと謝ってくれるなんて。上流階級には珍しく、腰が低くて寛容な方だ。
「あの…、もし、クリーニング代がかかるのでしたら仰ってください。負担は私が…、あ。いえ、私というより御堂家がしますので。」
家に迷惑がかかるが仕方がない。黙ってこの件をうやむやにする方が余程迷惑をかけるのだから。
「御堂家?」
男が訝し気にその名に反応した。
「君は…、御堂家のご令嬢なのか?確か、ご令嬢は一人だったと思うが。もしかして、親戚筋のご令嬢か?」
「あ、いえ…。その、私は…、御堂家の本家に迎えられた養女なのです。本家には一人娘である江利香様がいらっしゃるのですが…。」
「成程…。失礼ですが名前をお聞きしても?」
「あ。私ったら、名乗らずに申し訳ありません!御堂波瑠と申します。」
「…ご丁寧に恐れ入ります。御堂家の令嬢とは知らず、無礼をお許しください。波瑠様。」
男は優雅な身のこなしで一礼した。その美しい動きに波瑠は目を奪われる。
「そ、そんな…。無礼だなんて…、」
「寛大なお優しさに感謝します。よければ…、これも何かのご縁です。今後もまた会う機会があったらお声をかけても?」
「は、はい!」
男の言葉に波瑠は頷いた。良かった、と男は微笑み、
「本当なら、あなたともっと一緒にいたいのですが…、生憎と仕事の関係でここに来ているので。」
「い、いえ!こちらこそ、お引き留めして申し訳ありません!」
「また、時間がある時にでもゆっくりとお話させて下さい。今日は楽しいひと時でした。…では、また。」
そう言って、魅惑的な笑顔を浮かべて、彼は立ち去った。彼がいなくなった後に波瑠ははた、と気が付いた。そういえば。自分は彼の名前を知らないのだという事実に。
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