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星の髪飾りに導かれて

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 柘榴アリス
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義姉、江利香

そう思っていると、
「御堂家のご令嬢、波瑠様ではありませんか?」
壁際に立っていた波瑠は年配の男性に声を掛けられた。
―この方は確か…、以前、義父の商談相手としてお屋敷に来られた藤森様だ。
ホテルを経営していて、莫大な資産と富を持つ社長だ。波瑠は義父の取引先の大事な相手だと理解し、失礼がないようにと気を引き締めて挨拶を返した。
「藤森様。ご機嫌よう。…私みたいな者を覚えて下さっていただなんて光栄ですわ。父から話に聞いております。以前は商談の件で大変、お世話になって…、」
波瑠はそう言って、心象を悪くしないように心がけた。ここはただのパーティーの場だけではない。ここにはたくさんの経営マンやCEOが参加している。情報交換の場でもあり、ビジネスの関係も大きく左右するのだ。
アーティーでの些細なやり取りが原因で仕事のトラブルにも影響する。パーティーといっても気は抜けないのだ。自分のせいで世話になった御堂家に迷惑をかける訳にはいかなかった。藤森と簡単な挨拶を交わした後も波瑠に声を掛けてくる参加者はいた。同性代くらいの御曹司だったり、年嵩のやり手企業家だったりと様々だった。パーティーに出ていれば必ずは誰しもが声を掛けてくるのは当然だった。養女とはいえ、それが御堂家の令嬢であれば余計に…。波瑠が引き取られた名家の御堂家はそれ程の力があった。波瑠に話しかけた彼らも波瑠自身ではなく、御堂家の名に惹かれて近づいてきているだけだろう。
―ちょっと声をかけられた位でチヤホヤしないで頂戴。いいこと?あいつらはね、あんたじゃなく、御堂家の権力と財力が目当てなのよ。そうでなければ、あんたみたいな地味で何の取り柄もない女に誰が近付くものですか!それなのに、思い上がっちゃって…、馬鹿な子。
江利香に言われた言葉を思い出す。ズキリ、と痛んだ胸をそっと押さえる。分かってる。彼女に言われなくてもそれは十分に理解している。思い上がったつもりはなかった。ただ、挨拶を返して少しの世間話をしただけだ。壁の花でいる自分に親切心で話しかけてくれたのだと思って…、本当にそれだけだった。その行為が義姉の気に障る行為だったなんて知らなかったのだ。そっと義姉の方を見る。義姉はたくさんの男に囲まれ、談笑している。多くの男に傅かれ、義姉は楽しそうだ。…少し異性との密着度が高い気もするが。御堂家の令嬢で将来の跡取り娘である彼女には求婚者が絶えない。御堂家直系の彼女と結婚すればその次期当主の座が手に入るのだ。御堂家の家柄だけでなく、江利香の美しさに惹かれる男は多い。波瑠は羨望の眼差しで彼女を見つめる。義姉が羨ましい。彼女には生まれながらの出自だけでなく、存在するだけで人を惹きつけるのだ。義姉は家の力などなくても、輝ける女性だ。性格に多少の難はあってもその美しさでそれでも構わないと言う男性は多い。義姉ならば、家の力だけでなく、自分自身を愛してくれる人を見つけられるだろう。それは波瑠にはできないものだった。どんなに礼儀作法や勉強を頑張ってもそれだけはどうしても努力だけでは得られないものだった。
―あんたなんて、御堂家の養女という肩書きがなければ誰にも見向きもされないわ!だって、本当のあんたは何の魅力もないつまらない女なんだから!あんたは、家の力がなければ誰にも愛されない価値のない女よ!
過去に言われた江利香の言葉が脳裏に甦る。ギュッと波瑠はドレスの裾を握り締めた。義姉の言う事は正しい。それでも…、それでも…、波瑠は願ってしまう。御堂家の令嬢ではない。ただの波瑠という一人の自分という存在を…、ちっぽけでつまらない存在かもしれないけど…、そんな私でも、私自身を見てくれて、愛してくれる人に出会いたい。名家の令嬢という家柄を抜きにして、私自身を見て欲しい。そうすれば、そうすれば…、私は…、自分がこの世に生まれた価値を見出せることができる気がする。
『波瑠。お前はお前だ。自信を持て。』
波瑠は幼い頃に別れた優しい兄の言葉を思い出す。二歳年上の大人びいた雰囲気を持つ波瑠の大切な家族。兄の言葉は弱気な波瑠の心を強くしてくれる。波瑠は先程とは違って顔に笑みを浮かべた。
―そうだよね。私と義姉様は違う。だって、人はそれぞれ似たようで全く違う生き物だってお兄ちゃんも言っていたし。私には私にしかできない何かがきっとある筈だ。
波瑠はそう思い、心を強く奮い立たせた。美晴もパーティーは楽しまなきゃ損だって言っていた。折角の機会だから楽しもう。気を取り直した波瑠はふとテーブルに並べられた料理とスイーツの品々に目を留めた。パーティーは立食形式になっている。それは、ほとんどが手つかずで年配の方は商談やビジネス関係の会話に夢中で若い年齢層の方は異性の気を惹くのに夢中みたいだ。そのせいか、料理が置かれたスペースはほとんど人がいない。波瑠はそれなら、空いている内に美味しい料理とお菓子を食べようとそちらに向かった。
―んー!美味しい。やっぱり、こういったパーティーに出されているケーキは格別だなあ。だって、料理のレベルにしろ、スイーツにしろどれも一級品のものばかり。凝っているなあ。
勿論、御堂家で出される料理も豪勢な物ばかりだが折角の機会なのだ。食べれる時に食べておこうと庶民の感覚が抜けきれない波瑠はそうした考えでチョコムースを頬張った。
―ああ…。口の中で蕩けていく…。幸せ…。
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