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どうせいと黒猫

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: ノリィさん
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第六話

あっけなく就職が決まった。6月という半端な時期にも拘わらず決まったのは、4月に正社員として入社した人が5月末に辞めたからだった。

3ヶ月の試用期間の後に正社員として雇用。それまではアルバイト扱い。
シフトは正社員と同じ朝9時から夜の8時迄で日によって前後1時間の早出残業がある。曜日不定で週休2日。
試用期間の時給は1,500円。時給が相場より高いのは駅前という立地から「とにかく忙しい」というのが理由。

1ヶ月働いてみてわかったのは、少ない人数でまわしているため確かに忙しかったが、休日がきちんと確保されているし、新潟で10年働いた店よりもいろいろなところがちゃんとしていた。
面接で会ったオーナーは従業員を対等な人として扱っている感じがしたし、店長もアルバイトの大学生も私に対してもお客様に対しても良い意味で距離感を保ってくれている。
間違っても新潟の職場のように、通りすがりに尻を触られたり、店長と常連客が猥談で盛り上がったりしない。

朝の仕込みこそ手伝うものの、最初ということでホールの仕事が殆どというのも楽だった。

ちなみに、別の面接を受けた店でネックになった外国人のお客さんへの対応に関しては、「言葉がわからなかったらお店のタブレットに外国語のメニューが有るし、翻訳アプリも有るからそれ使って」とのことで問題はなかった。


問題と言えば、月の家でのことだ。
月が出掛けて私が帰宅するまでタイムラグが有る。

月に相談したところ、「姫の病状は落ち着いているし2時間くらいなら問題ないよ」と言ってくれたので、気掛かりではあるが甘えることにした。
その分、帰宅したら姫の様子を動画に撮ってLINEで送ったり、何かある度こまめに連絡を入れるようにしている。

月のところに来てすぐに、姫が何の病気なのか気になって質問した。答えは「わからない」だった。
「わからないってどういうこと?」
「獣医さんの見立てや自分で調べた限りだと癌だと思う。
ただ、病名をはっきりさせるには全身麻酔してMRIを撮ってから、更に別の日に全身麻酔で内臓の細胞を採取しないと確定できないんだって。
でも全身麻酔はそれだけで死んでしまうリスクがあるの。弱ってて高齢だと尚のことね。
それなら、最期まで穏やかに過ごさせてあげたいと思って。
私の勝手と言えばそれまでなんだけど」

この話をしたときの月が今にも泣きそうな顔をしていて、初めて見る暗い表情だったこともあり、それ以上突っ込んだことは聴けなかった。
こういうとき、もっと近い間柄なら胸の内の不安とか聞けるのに、と少し歯痒かった。

月いわく、姫は私が家に来てからは食欲が戻っているらしい。
今も柔らかいフードやスープ状のものを少しずつしか食べないけれど、それを「前は勧めなきゃ食べなかったのに、今は自分から催促してくるんだよ。雪のおかげだよ」と言ってくれた。


就職も試用期間とはいえ決まったし、そろそろちゃんと自立しようと思う旨を先日、月に伝えた。
独り暮らしのアパートを借りて、独りで自活しようと。
すると月は私に頭を下げた。
「姫のこともあるし、出来ればあと少し、半年とは言わないから数ヶ月ここに居てくれたら助かる。
獣医さんの話だと、姫はもうそんなに長くない。今、雪が居なくなったら姫が元気なくなっちゃうかもしれない。お願いします。この通りです」
「いや、頭を上げて。
じゃあ、半年。半年はここに居る。年が明けたら引っ越す。そうしよう。
その代わり生活費も家賃も入れさせて」
それで、「お金は要らないから貯金しなよ」という月を説得して、毎月家賃として5万払うことで決着した。

5万円には光熱費と食費、日用品等のお金も含めることは月がどうしても譲らなかった。
そしてこれから、家事炊事は手が空いている方がやることになり、必然的に時間に余裕の有る月が担当してくれてる。
申し訳なさもあるけど、新しい環境で手一杯な中、正直ありがたかった。


そんな折り、頻繁に新潟の職場のセンパイ、もとい、元カノからLINEが入るようになった。

ブロックしようと思ったけど、ここをブロックすると実家方面がどうなってるのか全く情報が入らなくなるのでブロック出来ない。
と言うのも、たった一人の肉親の父は私の番号とメールを着信拒否にしているようなのだ。
私だって積極的に連絡を取りたいとは思わないけど。

センパイに返信はせず、通知をオフにしているが毎日2、3通、多いと10通以上何かしらメッセージを送りつけてくる。

内容は最初のうちは盗撮に関して謝るものだったが、段々返信が無いことへの怒りになり、その後また謝りだし、また怒り、を繰り返してる。

どう返事したもんかと迷ってるうちに、正社員としての仕事が始まり、センパイのLINEはどうでもよくなってしまった。

まさか、センパイがあんなに底抜けの阿呆だとは、私には予想がつかなかった。
だから、久しぶりに見たセンパイのLINE画面の数百にも及ぶメッセージ全てに目を通したとき、背筋が凍ると同時に、こんな人を好きだった自分の阿呆加減にも絶望した。
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