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どうせいと黒猫

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: ノリィさん
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どうせいと黒猫5話

数日前のドキドキがまだ残ってる。
「今からする?」と誘われたときの、腕にかすかに当たった胸の感触とか私を見上げた瞳とか、髪から香ったシャンプーの匂いとか、思い出すとくらくらする。

そういうことがしたくて連れて帰った訳では断じてないのに、恋愛をしたことが無くて場馴れしていないから、こういうのに本当に弱い。

でも。
そういう関係にならなくても、友人として仲良くなれたらと思う。

雪は気配りができる人で、家に帰るとちょっと摘まめる食べ物や飲み物を用意しておいてくれたり、お風呂を準備しておいてくれたり、姫の様子も細かくメモや写真に残して記録してくれている。
わからないことはすぐに質問してくれるし、表情こそ乏しいけど、一緒にいて居心地が良い。

同居していた姉は、生前メンタルが不安定で振り回されっぱなしだったので、普通のメンタルの人との同居が、例え赤の他人でもこんなに快適とは思わなかった。


自室での仕事を終えてリビングに向かうと雪が履歴書を見直していた。
「ねえ月、履歴書の住所、本当にここで良いの?あと、緊急連絡先にしちゃって大丈夫?」
「私は問題ないよ。将来的に一人暮らししたら勤務先に住所変更の届けを出せば良いんじゃない?
緊急連絡先の続柄は親戚ってことにしといて。
だって、ご実家に頼りたくないんでしょ?」
「そうだけど」
「昨日の面接も一昨日の面接も、それで履歴書作って問題なかったんでしょ?」
「まあ、ね」
「じゃあ良いじゃん。受かると良いね」

雪は昨日は家の近所のイタリアンレストラン、一昨日は駅ビルの蕎麦屋の面接を受けた。

「履歴書の住所は何も言われなかったけど、イタリアンは無理っぽいなー」
「なんで?」
「『うちは外国のお客さんが多いんだけど、英語話せる?高校は行ってないんでしょ?』って。
やっぱり学歴ないと難しいよね」

実際、そのお店は筑波大学のそばだから外国人のお客さんも多いのは確かだろう。なんてことを考えてると着信音がなった。

「あ、イタリアンの方からだ」と呟いて雪が電話を受けた。
その受け応えから、上手くいかなかったのはわかった。

「はあああああ、だめだったかー!」と雪が床に大の字になって寝転ぶ。
私も横に並ぶ。

「そういえば、なんで東京の就活は全部だめだったの?
今って人手不足っていうじゃん。飲食業界なんか特にでしょ?」
「あーあれは…まずさ、寮付きの飲食店を探したの。東京来て住むところなかったし。
でも全然無くて。範囲を広げたら見つかったのかもしれないけど、土地勘ないから新宿とか沿線の駅周辺でしか探せなくて。
で、営業とかの仕事なら有るにはあったんだ、寮付きの会社。
でも面接までなかなか漕ぎ着けないし、面接では必ず学歴のことと前の仕事辞めた理由聞かれて、上手く答えられなくて。
それで全滅、でした」
確かにホワイトカラーなら大卒以上を求められるだろう。

「あとね、ネカフェに寝泊まりしてるのも印象悪かったのかも。
ウィークリーマンションの存在を知ったのが東京生活の終盤だったんだよね。地元じゃ普通のマンションもアパートもそんなに無かったから、そういうものの存在自体を知らなくて。
もっと早く知ってたら違ったかな?ねえ、姫?」
いつの間にか雪の胸の上に姫が鎮座していた。相変わらずとても懐いている。

「一昨日の面接ではどうだったの?」
「学歴は聞かれた。迷ったけど正直に言ったよ、『親が進学に反対していたし出来るだけ早く自立して家を出たかったので』って。
『働き出してからは朝から夜まで仕事で休みもあまり無かったので、余裕がありませんでした』って。
納得してくれたみたいだったけど、どうなるかな?
一応、『ホールも調理も出来ます!』ってことは猛アピールしたけど」
「上手くいくと良いね」

蕎麦屋の結果が出たのはその翌朝だった。
9時過ぎに電話の音で起きた。リビングにいくと続きになってるキッチンで震えてる雪が居た。
「えっ!?なに?どうしたの!?」
「…怖い…こんなにあっけなく仕事が決まるのが怖い…東京は全滅だったのに。
決まった、決まったよ、月!来週月曜の朝から!」
「うわ!おめでとう!あっ!!」
「ありがとー!」と雪が抱きついてきたので慌てて引き剥がした。
「え?ダメだった?」
「いや、ちょっとびっくりしただけ」

少し変な間があってから、雪が「靴買いにいかなきゃ。あと、靴下。髪も切りたい」と言ったので、近くのモールに二人で買い出しに行った。

ここ数日、月は私の自転車で面接を受けに行ったり、スーパーに買い出しに行ったりしていたのだが、モールへは私が車を出した。

雪は見るからにはしゃいでいた。地元には大きなお店自体が無いと言っていた。「あそこは温泉と田んぼしかないんだよ」と何度も言っていたが、その顔はとても楽しそうだった。

職場で必要なものはスニーカーと黒い靴下。それ以外は制服があるそうだ。
私が立て替えるつもりだったけど、「自分で払った方が遠慮せず選べるから」と雪が言うので任せた。
ただ、お祝いにケーキを買って帰ることにして、それは私に払わせてもらった。

笑顔の雪と食べたケーキは、すごく甘くて美味しかった。
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