朝食
「・・・あ、えっと。説明・・・と言われても」
ひなのは口ごもった。
え、まさか緊張してるの?私?
・・・それもそうだよね。つまりはこういうこと。
人斬の親分と二人きりになり、愛を教えなければ帰れないという脅しの契約をつけられー・・・生身でいつ死んでもおかしくないこの状況。
そりゃあ、緊張もするよね。
うん、そうだよ。と、ひなのは自問自答する。
「とにかく、食べましょう。一緒に食べたりすることも、愛なんです」
「?・・・意味が分からない」
「だから、こうやって誰かと一緒に食べるっていう事も、愛の形なんです。
料理を作ってくれた人、一緒に食べてくれる人ー・・・
その存在が、愛あってのものだから」
我ながらいい事を言ったのに、ユノは全く理解していないような顔で、瞬きも忘れひなのを見ている。
「・・・分からなかったらいいです、今は。そのうちわかります。食べましょ、ね!」
ひなのはまるで照れ隠しのように、急いで手を合わせると、さっさと割り箸を割った。
「・・・お前は変わった女だな。お前と一緒にこれを食べれば、愛の力がつくというのか?」
「え、だから、そのー・・・」
うぅ、面倒くさい。説明がもう面倒くさい・・・
「まぁ、そうだというならそうしよう。女と二人で食事など、した事もないがな・・・
いただこう」
ユノはそう言うと、物腰静かに箸を取った。綺麗な白い指。女性のように、細く長い睫毛。
・・・この人、人斬りに生まれなければ、さぞモテたんだろうに・・・
そうしたらきっと、愛も分かっていたんだろうな。
愛が分かっていたならー・・・
人間を殺すことも、なかったんだろうな。
「お前達の食事と、さほど変わらないだろう?」
「あ、はい。同じですね。なんか、料亭の料理みたい。
お皿とかもオシャレだし、味も懐かしい感じで」
「そうか」
しんとした時間が流れる。聞きたいことは沢山あるような、無いような。
愛を教えるって・・・どうしたらいいんだろ・・・?
だいたい、私が愛してもいないのに、どうやったらこの人は愛を感じるんだろ。
「あの、ユノ・・・様は、いつからここに住んでいるんですか?」
「かれこれ20年くらいか」
「わ、長いですね。・・・私が生きてきた年月と同じ!
・・・ここって、何人くらい住んでいるんですか?」
「あぁ、この館かー・・・
あまり、説明していなかったな。
俺を含め50人くらいか。役所のようなものだ。住み込みじゃない者達もいる。
優秀な者ばかりで、夜にはお前達の住む町へと出て行き、人を狩る。
日中は、この平和町を統治するため巡回している」
・・・うん、なんとなく分かったような。
つまり、こっちの世界の中心機関って感じかな。
このユノ様って人は、町長とかそんな感じの立場?多分。
「ユノ様は外には出ないんですか?」
「俺も日々外に出る。が、お前達の町へ行くことはほとんど無いな。
それにこれからは、愛の力が手に入るまでは、お前といるわけだ。
それを最優先にするつもりだ」
・・・はい。
お前を最優先にするなんて、彼氏とかに言われたらどんなに嬉しいだろう。
「私も、なるべく早く愛を教えて、私の町に帰りたいとこなんですけどー・・・
あ、じゃあご飯の後は、よかったら町を案内してもらえませんか?
一緒に出かけたり、買い物したりするのも愛です!」
「・・・俺には意味がー・・・」
「分からなくっても、いいです今は!すぐにわかるものじゃないと思うし。
よければ、空牙って人も一緒に三人でもいいですよ」
「あいつが、愛を教わる必要はない。
それにあいつは日中巡回に出る」
「あぁ、そうですか・・・
じゃあ、二人で・・・」
ユノを相手に、全くリード権を取れないひなの。
「分かった、ならばそうしよう」
半ば無理矢理出かける約束をつけたものの、どうなることやらである。
しかし、人斬りばかりの町だが、この人と一緒なら何かが起こることはないだろう。
・・・そう思ったのだ。
少なくとも、提案をしたこの時は・・・。
昼間の平和町は、夜の賑やかさとは打って変わって、わりと静かな所だと分かった。
なんというか、平日の昼間の商店街のようだ。
広い通りや細い裏路地に、パラパラと人斬りがいるくらい。
人間と何も変わらない見た目だが、強いて言えば、ちょっと古風な外見といった所か。
「あのぉ」
「・・・なんだ?」
本屋、食べ物屋、道具屋、飲み屋ー・・・
店を通りすぎながら、ひなのは前を行くユノに話しかける。
「あの、私、服屋に行きたいです!
当然ですけど着替え、持ってきてなくて。さすがにずっとこれは嫌です。
一応、お金はちょっとならあるから・・・」
これ、女の子にとってはかなり重要な話。最初から、外に出た理由の一つは、着替えや日用品の調達だもん。
嫌だけど、もうしばらくここにいなきゃいけないなら・・・少しでも自分で、居心地よい環境作らなくっちゃ。
「服屋ならいくらでもあるが」
「どこか、オススメはありますか?」
そう聞くと、ユノは少し困ったような顔で振り返ったが、その後一件の和服屋に連れて行ってくれた。
「和服・・・」
ひなのは、店に着いて思わず呟く。
確かに、今時な服着てる人斬り、いないみたいだけどさ。
私も、和服着なきゃだめなの?
洋服って売ってない感じ?
「俺はいつもここに来る。お前の様な、小ぶりなサイズの物も揃っているはずだ」
中には小太りなおばちゃんが一人。無表情だったが、貫禄がある。
「おやユノ様、いつもありがたい」
「今日は、この女の服を探しに来た。一番小さいサイズで、合うだろうか」
「・・・だと思いますがね。奥にあるんでお好きに見てって下せえな」
昔の家の様な、押入れのような、独特な匂いがする。
なんか、おばあちゃんちってこんな匂いだったかも。
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