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狂い咲き

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: saran
目次

あっちの世界

そのまま、しばらく歩かされた。


途中、ひなののアパートの横を通り過ぎた時、また涙が溢れそうになった。


・・・本当なら、私がバカをしなければ、今頃家にいるはずだったんだから。
自業自得なの・・・

でも・・・今すぐ逃げ出して階段駆け上がって、家に帰ってしまいたい。

こんなこと、全部夢ならいいのに。



しかしそんな思い虚しく、アパートはあっという間に遠ざかっていった。




・・・いつ、帰れるんだろう。

・・・帰れる・・・よね?帰れるのかな?



「あのさー、さっきからさぁ、もうあんまり泣かないでよ。
こっちが悪いことしてるみたいじゃん」


人斬り男はそんなことを言うが、悪いことしてるんじゃん!!
と、心の中で突っ込まざるを得ない。


悪いこと・・・してるんだよ。だって人斬りだもの。



私、まだ斬られてないけど。


「だって、笑ってなんていられないじゃない」


「まぁ、そりゃそうか。でも君生きてんのにさ、そんな顔してると斬られたも同然じゃん」



男は、振り向きもせずに後ろを着いてくるひなのに言った。



「私、家に帰れずに死ぬの?」


声に感情がこもらない。
言葉にして実感した、こんなにも悲しくて虚しくて辛いことない。



「んー、君次第かな。ほら、着いたよ」



その一言で、ひなのはやっと地面から顔を上げた。
しばらく闇の中のコンクリートを見ていた目に、どんよりと茶色い木の扉が飛び込んでくる。



まさかと、思うけれど・・・




「この中に、来てもらうよ。街の掟とか、そんなのは知ったこっちゃないから」



え・・・

ええええ!!


そんな!!!禁断の扉に入れと?!



今ここで斬られるのと、果たしてどちらがいいのだろう。
分からない。この扉の中を予想できないことには。


男は相変わらず振り返らず、堂々と扉を開け放った。




足がすくむ。全身が、身の危険を察してか動くことを拒んでいるようだ。



「・・・はぁ。ねぇ、担がれたくなかったら、歩いてくれる?」


一歩、また一歩と扉へ近づくしかない。
自分は、一体何をしているんだろうか。


呼吸も忘れ、緊張のあまり息を止めたまま、その扉の敷居を跨いだ。




「・・・いい?この先には"平和町(へいわちょう)っていう町がある」


絶対嘘!その名前おかしい!!



「そこで、君には俺たちのリーダーに会ってもらうから」


ひなのはたんたんと話す男について、次々に同じ扉をくぐって行く。

3つめ、4つめ・・・



このまま永遠と、扉をくぐっているだけならいいのに・・・と、心の中で真剣に願った。



「どうして・・・?」

「え?」

「どうして、私なの?他の街の人なら、今までに沢山・・・その、斬って来たんでしょう?


どうして、私だけそこにいくの?」



何も、特別扱いされる理由などないのに。もしかしたら、斬られるよりももっと酷い何かが待っているとか・・・


「説明、今じゃなくてもいいでしょ」


それ以上は、聞けない声色だ。

この人、口調は強くないのに声がとても冷たい・・・


「・・・禁断の扉って・・・あなたたちの、町だったのね」

「そういう事。こんなん、大っぴらになってたら、皆怖がるでしょ?

君もだけど、よくこの街に人住んでると思うよ」

「・・・あなたは・・・
人斬りはすごく怖いのに、私今あまり怖くない。

もしかしたら恐怖も通りこしているのかもしれないけどー・・・


あなたは、不思議な人ね」



私がそう言うと、彼は前を向いたままフッと笑った。



「不思議な人なんて、この中沢山いるから。
俺、案外フツーな方だと思うよ」



こんなに、普通の会話もできるのに・・・この人は、人斬りなんだ・・・




そんなことをぼんやりと考えていたから、ざわめきと明かりが近づいてきたことに気づかなかった。


彼に呼ばれて意識を戻すと、最後の扉が開かれようとしていた。


向こうに町の明かりが見え、賑やかな音頭が聞こえてくる。


「俺から離れるなよ、あんまり歓迎されないと思うから」



そう言った彼と共に踏み込んだその地は・・・



人斬りの住む町、平和町。


沢山の人がいる。

いや、沢山の人斬りがいる。

ひなのの住む町よりも、もっと賑やかな商店街だ。



ひなのは、誰の顔も見ないことに決めて、前を行く彼の足元だけをひたすら見つめる事にした。


だって、人斬りの顔なんて見たくないもの。


今まで人を殺した犯罪者がうようよいるのに、その人達の目なんか見たくない。



こんな人斬りだらけの場所で唯一の頼りは、同じく人斬りのこの男の足だけなのだから皮肉なものだ。



・・・みんな、絶対こっち見てるんでしょ。ひそひそ話しどころか、どよめきやざわめきが聞こえる。


やだ、やだ。

もともと、注目されるのも嫌いなんだから。だから仕事だって、オフィスにこもりっきりの事務にしたし・・・!

そんなに見ないで・・・!



すごく心細くなって、ひなのはこっそりと彼の服の後ろを掴んだ。
薄紫色の、和服のような柔らかい服。

こんな人斬りの服の感触ですら、ここを歩くための少しの力になるようだった。



「ちょっと、ここで待ってて。喉乾いた」


えっ?


せっかく頼りにしていた男の発言に、びっくりしてつい顔を上げてしまった。


嘘でしょ?この状況で、私を置いて飲み物買いに行くの・・・?

そこは、まるで夏にやるお祭りのような町だった。


屋台もあれば、昔ながらの瓦屋根の建物もある。

彼はあろう事か、ひなのを置いて店に入って行ってしまった。




離れないでって言ったの、そっちじゃない・・・!!


ひなのはガチガチに固まって、直立不動でそこにいた。



誰も、話しかけて来ないでお願いだから・・・!!
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