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狂い咲き

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: saran
目次

0時の鐘

ずっと昔から守られてきた掟が、こんなに簡単に、目の前で破られるなんて・・・!!


そう思いながらも、逃げ出すことも目を背けることも出来なかった。

好奇心が打ち勝ったとは、まさにこのことか。



男はずんずん進んでいく。
扉のその、向こうにはー・・・




また、扉があった。




妙な風が、大きな扉の向こうから吹いてくる。




嘘・・・どうしよう・・・!
逃げる?逃げるの?
でも、あの人はー・・・?!




ひなのは扉の前で、動けなくなった。



男は扉の先の扉もまた開き、その先にもまた同じ扉が見えた。




『 弥之亥(やのい)の者よー・・・ 』



ふと、風に乗ってなにかが聞こえた気がした。




え?何・・・?



『弥之亥の者よー・・・』




それがはっきりと聞こえた途端、ひなのは身震いした。




いま、弥之亥って言わなかった・・・?!
違う?違うよね?風の音だよね?!




『弥之亥の人間が来たぞー・・・』



今度こそ、ひなのは石のように固まった。

何なの、これ・・・嘘でしょ、もうやだ死にそう。



さすがに、好奇心も何もない。
聞き間違えかもしれないが、自分の名字が聞こえた気がする。


ここまできたら、自分の足をひっぱたいてでも、走って逃げなければ。




ひなのはクルリと扉に背を向けて、酔っていたのも嘘のように駆けだした。

100メートル走だって遅いけれど、今回ばかりは運動部並に速かったと思う。




腕の時計は、23:45を回った。


走って居酒屋に駆け込んで、また全力で帰れば12時前に帰れるだろうか?


・・・無理かもしれない。



居酒屋と家との距離を考え、一瞬そんなことが頭をよぎった。



でも、走るしかない。
人のいない夜道を、全力で駆け抜けて、居酒屋にたどり着いた時には息も絶え絶えだった。



「あっ、あのっ・・・」

「もう店閉めるよ?」


「あのっ、今日ここを利用したんですが、鍵の落し物ありませんでしたか・・・?」

「鍵ぃ?」



店長らしい貫禄のあるおじちゃんが、呆れた声で聞き返してきた。


「あ~、あったけど、なんか変なクマのストラップついてるやつ?」


変なクマのストラップとは失礼だが、まさにそれだ。

「そうです!」


おじちゃんはゴソゴソとレジをまさぐると、「あぁ、あった」と呟いて鍵を出してくれた。


「ありがとうございます!」

「早く帰んな、あと6分だよ」


・・・あと6分。
普通に歩けば15分かかる道だ。
不可能かもしれない。でも帰るしかない。



「おじさんは・・・?!」

「俺ぁ、今日はここに泊まりだ」



・・・なるほど、そりゃあそうか。12時までここにいるってことは、帰れるわけもない。


ひなのはもう一度お礼を言うと、死に物狂いで走った。



居酒屋の小窓を、夜風がガタガタと揺らす。


「・・・今日は、やな風が吹いてやがる」



ひなのを見送ったおじちゃんは、そう呟いて小窓を閉めたー・・・。







どれだけ一生懸命走ったか。
しかしひなのの努力も虚しく、途中でゴーンゴーンと零時の鐘が鳴り響いた。



サァーっと、血の気が引いていく。




やだやだやだやだ!!



大丈夫だよね?!2、3分くらい、過ぎても大丈夫だよね?!





人生、こんなに焦って必死だったことがあるだろうか・・・?

・・・





この街には、昔からの恐ろしい決まりが二つ。


一つ、禁断の扉を開けるべからず。

中には悪が潜んでいる、鬼がいる、悪魔がいる、入れば死ぬー・・・
色々な説があるがいい話じゃない。


二つ、夜中零時を過ぎて外に出るべからず。





零時を回った時ー・・・







街には人斬りが現れるー・・・。


多少過ぎてしまっても、とにかく周りを見ずに走るしかない。



パタパタパタッ・・・


自分のスニーカーの音が、"女の足音"を夜道に知らしめる。




と、その時ー・・・




シュッッ・・・

と、風が切る音がした。

同時にふわりと薫る、花のお香のような匂い。




私の顔に柔らかい布が触れたかと思うと、男性の腕で強く引き寄せられた。



「きっ・・・・・」


「きゃっ・・・んっ、むっ。ん!!」



きゃぁああ!!!出たー!!!


と、叫びたかったのだが。


完全に口を封じられ、もう人生の終わりを直感した。
男の顔も見たくない、何に捕まえられているのか、確かめたくもないー・・・



「ちょっと、叫ぶなよ!」



押し殺したような、男の声が耳元で聞こえる。



もう、半泣きだった。


「ん!!・・・ん~!!」



誰か助けて、死にたくない斬られたくない!!


「マジで!静かにしないと、君斬られるよ?」

「っ・・・」



とんだ脅し方だ。

ひなのはふるふると流れる涙をそのままに、口を閉じる。



見たくないー・・・しかし、事もあろうか男はひなのを覗き込んできた。



あ!!




その瞬間、小さく息を飲む。


さっきの人だ!

さっきの、扉開けた人!!





口元を離されると、ひんやりとした空気が肺を満たす。


「君さ、何で帰らなかったの?」



普通に、話しかけてくる。



何なのこの人、人斬りじゃあないの・・・?


何だろう、すごく怖いのに怖くない。


「家の鍵、取りに戻っていて。

その・・・間に合わなくて」

「ん~・・・一応さ、俺たちの決まりのままいくと、俺この場で君を斬らなきゃならないんだよね」



・・・やっぱり、人斬り・・・!!!



「たださぁ・・・今は、斬らないことにする。
だから、ちょっと着いてきてくれない?」


・・・今は斬らない・・・?


本当に・・・?



「・・・着いて行くって・・・?」


「まぁ、説明は後でいいでしょ。来るよね?来ないなら、今すぐ斬るから」



そんなこと・・・!


そんなこと言われたら、選択肢なんてないじゃない!


「い・・・行きます・・・」



どこに行くんだか、なんで斬られないのか、そんなのは分からなかった。



だが、着いて行くしかないのだ。


「じゃ、行くか。

・・・言っとくけど、俺と一緒にいるから、斬られないだけだから。


今もそこら中に連中いるし、血迷って逃げたりすると、すぐ死ぬからね」



・・・逃げませんよ!!!



一瞬怖くないと思ったけれど、やっぱり怖すぎる!!



夢なら、覚めてくれと思った。



しかし、紛れもなく現実だ。


だって、握りしめる手の中で鍵が突き刺さっているし、頬を伝う冷や汗の感覚はー・・・


本物だから。
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