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母親の“気を付けてね”という口癖を今まで遮ったことはなかった。でも今日に限っては、何故か何度も言われている言葉へ無意識に反応していた。
どうにもいつもと少し違う気がしている。そして、その理由はもちろんわかない。地上から2mmほど浮いたような感覚や、デジャブとも言える違和感だらけなリアルが腑に落ちない僕は学校へ到着し、いつものように下駄箱から靴を取り出した。
しかし、今日に限ってはこのいつもの何気ない靴を取り出すという行動そのものに違和感を感じていた。いつもなら靴の上に何かが置いてあったような気がするが、今までそんな古典的なラブレターのような現象は起こったことはない。それなのに、今日は何かがあるような気がしていた。
外靴から上履きに履き替えた僕が顔を上げると、そこには僕が片思いしている少女が苛立ちの表情を浮かべ、腕を組み僕を睨みつけるように立っていた。

「うわーーーー！びっくりした。
ど、どうかしましたか？」

「どうかしたかはこっちが聞きたいです。」

この敬語なのに強気な発言をするところは、彼女の魅力の一つである。
そんな事よりも、ほぼ初対面で遠くから見る事しか出来なかったはずの彼女が僕の目の前にいる事に、ただただ僕は驚いた。

「ちょっと来てくれますか？」

彼女は強引に僕の腕を引っ張り、階段下で物陰になっている場所へと連れて行った。

「ど、どうか・・・しましたか？」

「今日の君は何度目の君ですか？」

「何度目とは？」

「今日という日を一体何度やっているのかという話です！」

「そう言われましても・・・今日は今日で今日という日でしかないわけで・・・」

「私の言い方が悪いのかしら。じゃぁ質問を変えます。
今日は、いつもと何が違いましたか？」

「今日は・・・・あ、下駄箱に何かあるような気がしていたけど、何もなかったような。
でも、そんな何かあるとかわかるはずないのに、なんでそんな事思ったんだろう？」

「それは、今日私が手紙を置かなかったからです。このままではいつまでたっても終わらないと、私が判断しました。だから手紙を起きませんでした。
いいですね。」

「はい。・・・はい？」

「いいですか。これから私が言う事を黙って聞いていてください。
いいですね！絶対にあなたは私の言葉を遮らない！
わかりましたか？」

「は、はい！」

よくわからなかったが、彼女が何か怒っているという事だけは理解出来た。

「今日という1日が、すでに15回目に突入しています。毎回私があなたに説明をしようとすると、必ずあなたは私の言葉を遮ります。そして、また今日という1日がリセットされてしまうのです。だから、私の言葉を絶対に遮らないでください。
ここまでは良いですね？」

「はい？・・・はい・・・」

「そして、私が言いたい事はたった一つです。」

「は、はい。」

「あなたはずっと眠ったままで、その状態が15ヶ月目になったという事です。」

「は？いやちょっと・・・」

「だから、私の話を遮らない！最後までちゃんと聞いてください！」

「は、はい！わかりました。
それで？」

「あなたは交通事故にあい、現在も意識不明で眠ったままになっています。
だから私が起こしにやってきました。だから早く目を覚ましてください。」

そういうと、彼女を涙を浮かべながら急に僕と唇を重ねた。

暗闇の中重たいまぶたをゆっくりひらくと、僕は全身に力が入らずベッドの上で横になっていた。近くには、ピッピと音を鳴らしながら動く機械が置いてある。靄がかかった視界で周りがよく見えなかったが、自分の口に呼吸器がある事と、白い服を着た人が数名僕の周りを囲っている事はなんとなく理解出来た。

「目を覚めましたか？おはようございます。自分が誰なのかわかりますか？」

聞いたことのない男性の低めな声が聞こえてきた。段々と視界がはっきりしてくると、その男性が医者である事もなんとなくわかった。
そうか、ここは病院か。

「あなた。私がわかる？」

「あ、あぁ・・・」

僕は言葉をはっきり伝えることは出来なかったが、目の前にいる女性が誰なのかは理解出来た。学生時代に、ずっと片思いをしていた少女が大人になった姿だ。
そして、今は僕の妻となってくれた女性だ。

「おはよう。
あと、おかえりなさい。」

そう言いながら、彼女は涙を流しながら可愛らしく手で口元を隠しながら笑っていた。そして僕の妻となった彼女は、僕の頬のそっと優しいキスをした。