3話 ロベリアの開花
ダビルに見せられたものは、まるで飢えた熊たちが一匹のメス猫を弄んでいるかのような写真だった。
そして写っている動物たちは、僕のよく知っている人たちだった。
ケリー・ダビル、ウォルコウ・ファーリー、ロロウ・ホーフェルト、そしてティノ・カルネヴァル。
「どういうことだ……!」
手を震わせ、怒り狂ったゾンビのような声で問いただす。
「実は俺の親父がカメラを隠し持っててさ。カメラって高級品じゃん? それが気に入らないから盗んでやったのよ。そしたら偶然カルネヴァルを見かけてね。カメラをダシにして誘ったらまんまと乗ってくれたのよ! そしていざ始めてみたら、びっくりすることに――」
「そんな話を聞きたいんじゃない!」
僕は写真をダビルの胸に押しつける。
「じゃあ何の話を聞きたいんだ? カルネヴァルの鳴き声か?」
「そんなわけがあるか。こんなの嘘だ。何かのトリックがあるに決まっている。ティノがお前の誘いになんか乗るはずがない!」
唾がダビルの顔に飛ぶ。
「ちっ、これだから心の弱い人間はよぉー!」
獣が僕を突き離した。
「てめぇは事実を受け入れたくねぇだけだろうが。弱い人間は信じたくない物事に直面したとき、『これはきっと真実ではないのだろう』と否定する。だから信じないための理由を探すんだ。お前の場合は証言だ。お前は俺に『嘘でした』と言わせて安心したいだけなんだよ。だが心の中では彼女を疑っている。もし微塵も疑っていないのならば、さっきまでのお前みたいに軽くあしらうだろうからなぁ!」
怒鳴り声と同時につついてくる彼の指は非常に鋭く硬かった。
「あんなものを見せられて、平気でいられるわけがない!」
「言い訳をするんじゃねぇ! もう子どもじゃねぇんだから、いい加減受け入れろ!」
ダビルは僕の手から忌々しい写真を奪い取る。
「だが、お前の気持ちはわからんでもねぇ。あんなに親しく接してくれたんだからな。でもこれがあいつの本性だ。てめぇの気持ちを弄んでいたんだよ。あいつとはもう関わるな。代わりに俺たちがあいつの相手をしてやる。早いうちに真実に気づけてよかっただろう?」
「嘘だ、嘘だ……」
密告者は嘲るようなため息をついた。
「お前もわからず屋だな。まあいいさ、時間をかけて受け――」
「嘘だあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫んだ後、僕は何をしたのか覚えていなかった。
しかし、把握することはできた。
不気味なほどに静かな住宅街の狭間。
土と霧の匂いに混ざる血の臭い。
鮮やかな血のついたレンガの壁。
そして、その下に這いつくばるケリー・ダビル。
彼の側頭部には抉れたような傷がついており、そこから多量の血が流れ出ていた。
僕はダビルを殺してしまったのだ。
ああ、僕はなんてことをしてしまったのだ!
自首する? そんなことをしたら僕は孤独になってしまう!
僕は辺りを見回した。
周りには誰もいない。
――逃げよう。
僕は急いで死体の横を通って逃げ帰ろうとする。
そこで、血だまりの際に何かが落ちていることに気がついた。
写真だ!
とっさに写真を拾い上げる。
写真は半分が血だまりに浸ってしまっており、汚い血が滴っていた。
もしこれが衛兵に見つかれば、十中八九僕に疑いが向くだろう。
そうならないために、僕は写真を地面にこすりつけ、血が滴り落ちないようにして持ち帰った。
*
ほう、殺すとは想定外だな。
しかし、目的の達成には何ら問題ない。
むしろ危険因子を排除する手間が省けた。
それに、何もしなくたってディニコラは破滅への道を進んでいくだろう。
*
帰宅すると、真っ先に紅の写真を汚れた手拭いで包み込み、ベッドサイドテーブルの一番下の棚にしまった。
これからどうする?
バレるのも時間の問題じゃないか?
だったら自首すべきか?
だけど周りに人はいなかった。目撃している人は一人もいないはずだ。
このまま逃げおおせる? 本当にうまくいくか?
ダビルはマフィアのボスの息子だし、都市ベッグで一二を争う不良だった。
ということは彼を嫌っている人物は少なくないはず。
それらの人たちに比べれば、きっと僕は殺人なんてできるような人間には見えないだろう。
でも、もしバレたら?
テーブルで体を支えながら考える。
そうだ、薬を飲んで落ち着こう。
今度はテーブルの一番上の棚を開け、錠剤の入った瓶を取り出した。
そして、瓶から二錠を手に取り、水も飲まずに喉の奥へ放り投げる。
しかし喉が詰まったように感じたため、舌を軽くかんで唾液を分泌し、それを喉に流し込んだ。
これでなんとか平静を取り戻せるだろう。
そう思ってカビ臭いベッドに寝転がる。
すると、平静が戻ってくるどころか、ひどい眠気が襲ってきた。
今眠ればぐっすり眠れそうな気がする。
あわよくば、ここ最近で最も上質な眠りを得られるかもしれない。
しかし、どうしてこのタイミングでこんな眠気が?
睡眠薬を飲んでも満足に眠れないのに。
何よりも、人を殺した後なのに、どうしてこんなに睡眠の欲求が湧いてくるんだ?
こんなの普通じゃない。
僕は、異常者なのか――?
そして写っている動物たちは、僕のよく知っている人たちだった。
ケリー・ダビル、ウォルコウ・ファーリー、ロロウ・ホーフェルト、そしてティノ・カルネヴァル。
「どういうことだ……!」
手を震わせ、怒り狂ったゾンビのような声で問いただす。
「実は俺の親父がカメラを隠し持っててさ。カメラって高級品じゃん? それが気に入らないから盗んでやったのよ。そしたら偶然カルネヴァルを見かけてね。カメラをダシにして誘ったらまんまと乗ってくれたのよ! そしていざ始めてみたら、びっくりすることに――」
「そんな話を聞きたいんじゃない!」
僕は写真をダビルの胸に押しつける。
「じゃあ何の話を聞きたいんだ? カルネヴァルの鳴き声か?」
「そんなわけがあるか。こんなの嘘だ。何かのトリックがあるに決まっている。ティノがお前の誘いになんか乗るはずがない!」
唾がダビルの顔に飛ぶ。
「ちっ、これだから心の弱い人間はよぉー!」
獣が僕を突き離した。
「てめぇは事実を受け入れたくねぇだけだろうが。弱い人間は信じたくない物事に直面したとき、『これはきっと真実ではないのだろう』と否定する。だから信じないための理由を探すんだ。お前の場合は証言だ。お前は俺に『嘘でした』と言わせて安心したいだけなんだよ。だが心の中では彼女を疑っている。もし微塵も疑っていないのならば、さっきまでのお前みたいに軽くあしらうだろうからなぁ!」
怒鳴り声と同時につついてくる彼の指は非常に鋭く硬かった。
「あんなものを見せられて、平気でいられるわけがない!」
「言い訳をするんじゃねぇ! もう子どもじゃねぇんだから、いい加減受け入れろ!」
ダビルは僕の手から忌々しい写真を奪い取る。
「だが、お前の気持ちはわからんでもねぇ。あんなに親しく接してくれたんだからな。でもこれがあいつの本性だ。てめぇの気持ちを弄んでいたんだよ。あいつとはもう関わるな。代わりに俺たちがあいつの相手をしてやる。早いうちに真実に気づけてよかっただろう?」
「嘘だ、嘘だ……」
密告者は嘲るようなため息をついた。
「お前もわからず屋だな。まあいいさ、時間をかけて受け――」
「嘘だあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫んだ後、僕は何をしたのか覚えていなかった。
しかし、把握することはできた。
不気味なほどに静かな住宅街の狭間。
土と霧の匂いに混ざる血の臭い。
鮮やかな血のついたレンガの壁。
そして、その下に這いつくばるケリー・ダビル。
彼の側頭部には抉れたような傷がついており、そこから多量の血が流れ出ていた。
僕はダビルを殺してしまったのだ。
ああ、僕はなんてことをしてしまったのだ!
自首する? そんなことをしたら僕は孤独になってしまう!
僕は辺りを見回した。
周りには誰もいない。
――逃げよう。
僕は急いで死体の横を通って逃げ帰ろうとする。
そこで、血だまりの際に何かが落ちていることに気がついた。
写真だ!
とっさに写真を拾い上げる。
写真は半分が血だまりに浸ってしまっており、汚い血が滴っていた。
もしこれが衛兵に見つかれば、十中八九僕に疑いが向くだろう。
そうならないために、僕は写真を地面にこすりつけ、血が滴り落ちないようにして持ち帰った。
*
ほう、殺すとは想定外だな。
しかし、目的の達成には何ら問題ない。
むしろ危険因子を排除する手間が省けた。
それに、何もしなくたってディニコラは破滅への道を進んでいくだろう。
*
帰宅すると、真っ先に紅の写真を汚れた手拭いで包み込み、ベッドサイドテーブルの一番下の棚にしまった。
これからどうする?
バレるのも時間の問題じゃないか?
だったら自首すべきか?
だけど周りに人はいなかった。目撃している人は一人もいないはずだ。
このまま逃げおおせる? 本当にうまくいくか?
ダビルはマフィアのボスの息子だし、都市ベッグで一二を争う不良だった。
ということは彼を嫌っている人物は少なくないはず。
それらの人たちに比べれば、きっと僕は殺人なんてできるような人間には見えないだろう。
でも、もしバレたら?
テーブルで体を支えながら考える。
そうだ、薬を飲んで落ち着こう。
今度はテーブルの一番上の棚を開け、錠剤の入った瓶を取り出した。
そして、瓶から二錠を手に取り、水も飲まずに喉の奥へ放り投げる。
しかし喉が詰まったように感じたため、舌を軽くかんで唾液を分泌し、それを喉に流し込んだ。
これでなんとか平静を取り戻せるだろう。
そう思ってカビ臭いベッドに寝転がる。
すると、平静が戻ってくるどころか、ひどい眠気が襲ってきた。
今眠ればぐっすり眠れそうな気がする。
あわよくば、ここ最近で最も上質な眠りを得られるかもしれない。
しかし、どうしてこのタイミングでこんな眠気が?
睡眠薬を飲んでも満足に眠れないのに。
何よりも、人を殺した後なのに、どうしてこんなに睡眠の欲求が湧いてくるんだ?
こんなの普通じゃない。
僕は、異常者なのか――?
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