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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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41話 「調律師②」



「頼む、手が回らないっていうなら俺も手伝うから、待ってくれないか」

葯娑丸が俺に反抗したのは、後にも先にもあれが最後になるだろう。

「葯娑丸。お前も聞いていただろう、このままではこの街の均衡に関わる。ここを任されている以上、情だけじゃやっていけない」

「分かっている、けど」

唇を噛みしめた葯娑丸の気持ちもわかる。
俺だって正直な気持ちを言えば反対だ。
人としての理に反することは百も承知のこと。
けれど、仕事に追われている下の者を知って、対処せずに見ているだけという訳にもいかない。私情を優先して、そのしわ寄せを背負わせることも出来なかった。

「俺は「こんなこと」させるためにアンタの傍にいる訳じゃない!」

俺の持っている書類を奪い取り、破り捨てる勢いで涙ながらにそう言った葯娑丸に俺は眉間にしわが寄りそうになるのを抑え、極めて冷静なままに彼の前に手を差し伸べた。そんな俺を見て、一瞬動揺しながら、睨みつけてくる葯娑丸に、自分でも驚くくらいに冷徹な声で「返せ。しばらく廊下に出ていろ」というと、傷ついた顔で瞳を揺らした奴を秘書に廊下へと摘まみださせた。

秘書から受け渡されたものは、死者を一度リセットし「未練」残るものも強制的に転生させるものだった。俺自身これが正しい判断だなんて思ってはいない。

「調律師」として俺に出来る事なんて、限られている。
それが歯がゆいと感じたのは、俺だって同じだ。

ただ、人を使う立場として、時には冷酷な決断であってもしなければならないことも分かっている。俺は廊下から聞こえる葯娑丸の声を無視して、その書類に判子を押した。



今でも反対、か。
葯娑丸の出て行った扉を暫く見つめながらあの時の事を未だに思い出す。
俺のした決断を取り下げるように抗議してきた奴らを俺は無視することにした。
そうしなければ、均衡が崩れ、今でも大変な目にあっている下の者に示しがつかないと、自分のしたことを肯定して、言い訳をしながら「自分のしたことは正しかった」と位置付けて、耳を覆って非難の声から逃げ出した。

「俺も今でも反対だよ」

間違っている、そんなことすべきじゃない。
俺だってそう思ってきた。あの時だってそう思っていた。
でももう後戻りは出来ない。したいとも思わない。
机に置いた手が紙に触れたのを感じて視線だけを動かして見てみると、いつの間にか置かれていた書類に、秘書のものらしい筆跡のメモが置かれていた。
どうやら物思いにふけり過ぎていたらしい、秘書が来たことも気付かず書類を確認し終えたら休んでくれとの主旨のものだった。

それを手のひらで握りつぶそうとした手を止め、そのまま机の上で中途半端に握られた拳を解くと、少しだけよれた紙がそのまま重力に従うように机の上に滑り落ちた。




扉に背を付けたまま、俺はただ廊下の隅の方のどこかを見つめたままやりきれない気持ちを握りつぶすように拳を握りしめた。

知っていた。
アイツ自身が本当は反対していたことも。

知っていた。
アイツ自身が一番つらい思いをしていたことも。

知っていた。
アイツがああして曖昧に笑うのは、全部の気持ちをしまい込んだ時だ。

「葯娑丸君」

秘書の男が扉の前に立ちすくむ俺を見て、扉の向こうにいるであろう男の方を見て、少しだけ苦笑いを浮かべて肩を竦めた。この男だってあの事案には最後まで反対していた。

「調律師」として1人辛い立場に置かれるアイツを支えたいと、この職に就いてからというものずっと奴は「そういう」立ち回りをしてきた。それでもあの日、あの決断を迫ったのはいよいよ要約そうする事でしか解決できないほどの窮地に立たされたからだった。

あの日のことを悔いているのはこの人も同じだ。

「記憶喪失の女の子の事で来たんだろう?」

秘書の言葉に俯けていた顔を上げると、彼は聞いたわりに確信を持ったうえで尋ねたらしい。「彼女は元気にやっているかい?」と尋ねてくる秘書に頷いて返せば、彼は人の好さそうな顔をゆるりと綻ばせて、心底安堵したように「よかった」と答えた。

「きっと不安だっただろうけど。今は碧壱君や君がいるから安心だろうね。」

「どうだかな」

敢えて悪態ついた俺に、秘書は何故かその反応も分かっていたと言わんばかりに「微笑まし気」に笑うと、手に持っていた書類を俺の方に差し出してきた秘書は「僕が見せたことは内緒にしてくれよ」と呟いた。

「申請書だよ。それを提出すれば万が一魂の保護期間を終えたとしても、こちらの「役目」を持っているものとして扱われる。随分掛かってしまったけれど、さっき申請が通ってね」

「こんなこと、俺は聞いてない」

「まあ、極めて稀なケースではあったからね。可能性も五分五分だったから君には黙っておけとのことだった。彼は彼なりに考えているんだよ。」

何だよ、また誤魔化していたのかよ。
曖昧に笑って、それを笑顔の裏に隠してしまうから、今でもアイツの考えていることなんて分からない。結局責めていた俺が一番の悪者みたいだ。


秘書

見るからに優しそうな雰囲気の男性。
調律師曰く、この職業には一番不向きで、一番向いている人間。
過去の記憶はこの役目を負った後に思い出したが、このまま残ることを望んだ。
頼れるお兄さん的存在。


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