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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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40話 「調律師①」


「死者が急増し、役所のほうも手が回らないようです」

手渡された書類には、「未練」が解消されずにこの街に留まっている「死者」達の名が連なっていた。ここ最近、下界で何が起きているかはわからないが、「街」に流れてくる者が増えつつある。未練をもった者のみが訪れるこの「街」には容量というものがあり、その基準値を大幅に上回っているツケはすべて役所に勤めているものにしわ寄せがきていた。この書類の束を見るたびに無意識にため息がこぼれ落ち、俺はまた、あの決断をしなければならないのかと思うといい加減に嫌気が差していた。

俺が「調律師」となって現世では何十年、いや何百年の月日が流れたやもしれない。
少なくとも、俺の知りうる死者は既に転生をして、新たな人生を、また新たな人間として過ごしているくらいにはこの場所に定着していた。

最初にこの役職についたときの俺は、もっと生き生きしていて。
自分の出来ることならなんだってしようと意気込んでいたのに、今ではすっかり眉間にしわが寄せて書類とのにらめっこに明け暮れている。

その後、「探し屋」「記憶屋」の役目を持つ連中が来てから、少しはマシになったかと思っていたがそれも最初のうちだけで、最近はまた急増してくる死者に役所の作業が追いつかないのだと苦情が届いてくるばかり。

人が良いにも良し悪しだ。
奴らは1人1人の死者に向き合い、「安らか」な最期に導くために時間をかけ過ぎている。
本当ならもっと効率的に仕事を行えるやつを据えたほうがいいのかもしれない。もっと淡々と作業していけるような奴を配置することが、下の者にとってもこの世界にとってもいいことだと分かっている。けれど俺にはそれが出来ずにいた。

この街には確かに、連中は必要だと感じているからだ。
現に、すぐに転生していくものもいれば、長い年月をかけても未練を解消できずにくすぶり続けてきた、そんな者たちがいなくなった街は以前と比べて活気に満ちている。

そんな街を壊したくはない、そう思い決断できないのは俺の甘さだ。

「仲介人に連絡を取ってくれ。すべて任せはするが、早急に対処するようにと」

「しかし、今は一刻も早く決断しなければならないのではないでしょうか。彼らのやり方に文句をつけるわけではありませんが、このままでは」

彼の言いたいことは分かっている。
暗に、俺に決断をしろと言っていることも。
背を向けて「沈黙」をあらわした俺に、後ろにいた気配が遠のいていくのがわかる。
呆れただろうが、その時の俺にはそこまで冷酷になる「覚悟」がなかった。



今思えば、あの時はまだ俺も人間的だったのかもしれない。
手元にある書類には、あの時の忙しなさが嘘のように薄い紙がぺらりと机に乗っただけの書類に目を通し、判子を押して、前に立っている男にそのまま手渡した。

「よろしいのですか?」

「ああ。「記憶屋」からの書類なら大丈夫だろう。」

あの日、俺は役所で働く部下の為に決断をした。
まだ未練が残っているものたちを無理やり転生させ、業務の縮小を進めさせた。
もちろん、「仲介人」からは勿論、仕事に当たっていた人物の消失に「探し屋」「記憶屋」双方からも色々な意見を言われた。

あの頃はまだ多少なりとも交流を持っていた「記憶屋」にはすっかり嫌われていて、「仲介人」はそんな俺に未だに変わらずに会えば話をするけれど、疑念を捨てきれずにいる、そんな瞳が時折見え隠れする。

一度決断を立ててしまえば後は楽なものだった。
最初は罪悪感に負けてしまいそうにもなったが、今は何の躊躇もしなくなっていた。
そのおかげなのかは分からないが、役所も安定し、今ではこうして、日に何件かの書類を確認するだけとなっている。

秘書が部屋を後にし、ひとり残された俺はノックもなしに開いた扉に背を向けたまま「葯娑丸か?」と問い掛けると、足音一つ立てずに傍までやってきた気配がほんの少し後ろで止まったのを感じる。

出会った時は左右もわからないただの犬だと思っていたが、随分と思慮深くなったものだ。後ろに手を組んだまま、くるりと振り向くと、懐いていた時とは違う、疑惑と不安の入れまじった双眼が俺に真っすぐと向いている。

「娘のほうはどうだ。記憶は見つかったか?」

「…いや。でも、壱橋とも上手くやっているみたいだ。」

「そうか。ふむ、兆しが見えないようなら検討せざるを得ない」

ゆるりと微笑んでそう伝えた俺に、葯娑丸は傷ついたような、動揺した顔で俺を見つめると、視線を逸らして唇を噛みしめた。

「あの娘が記憶を見つけられなかった時、どうにか壱橋達のように「役目」を作ってやることは出来ないのか?」

いつもならそこで、黙って出て行ってしまうはずの葯娑丸の言葉に驚いて、奴の目を見ると、随分気に入っているのか、珍しく俺の目を見つめたまま、黙って俺の返答を待っている。そう言えば「記憶屋」との間のわだかまりも解けたらしい。口元に手を当てて沈黙する俺に、葯娑丸は「俺は今でも反対だ」と唇を噛みしめてから今度こそ部屋を後にした。


調律師

冷酷な人間、といった描写の多い「調律師」ですが、彼なりに何かを思っての決断でした。
本来は優しく思慮深いが故に嫌われ役を買うそんな人物です。
それをすべて理解しているから「弐那川」は彼を責めません。
仲介人である「弐那川」には長年の経験があり、客観視できるものの、まだ「探し屋」「記憶屋」は若く、正義感はありますが、主観的にしか物事をはかれないといった状況です。
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