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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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38話 「記憶の中②」



「参ツ葉さんは、ここに居たんですか?」

「うん。ここの「学生」だったの。毎日ここに通って、ここで生きてきた」

窓の外を見つめる参ツ葉さんは「寂しげ」であり、過去を思い出しているのであろう、その表情は「憂い」も感じ、それと同時に、懐かしさを噛みしめているようでもあった。

私をここに連れてきたのは、「ちょっとした気分転換」だと言っていたけれど、もしかしたら参ツ葉さんはこの場所が、ここにいた人たちが、恋しくなったんじゃないかと思う。参ツ葉さんが新たに生まれ変わり幸せになっていくだろう人生を諦めてまで、失くしたくないと思ったこの場所に、帰って来たくなったんじゃないかって。

けれど、きっとこの場所での思い出にひとりで向き合っていくには辛すぎたんだと思う。

「わたしね、ずっとこの場所が嫌いだったの。でもね、失ってみると、本当に戻って来られない場所なんだってわかるとね、人って「案外ここも悪くなかったのかも」なんて思うのよ。不思議よね」

目を閉じた参ツ葉さんは、苦しそうで、何かを言いたくて我慢しているような、そんな表情をしていた。何となくその表情をひとには見せたくないんじゃないかと思った。
だからそっと目を逸らし、同じように目を閉じると、隣にいた参ツ葉さんが、「ありがとう」と呟いた気がした。



人はいずれにしても未練を持っている。
どんなに天寿を全うした人間だって、少しの後悔や、過去の過ちなんかを抱えたままでいるとこの街に流れ着くのだという。


それは大きいにしろ、小さいにしろ。
そうした人は、それらに向き合い、苦しみ、そして何かを得て、この世に何も思い残すことがなくなったその時に本当の意味で人生の終幕を迎える。

人が聞いたら小さな物事だって、その人にとってはどんなに大切なものなのかなんて、その人自身にしか、理解なんて出来やしない。そういうことを扱っている参ツ葉さんという存在は、きっと今まで多くの苦悩を見てきたのだろうと思う。

それでも彼女はこの道で歩き続けることを選んだ。

その選択に至るまでには、きっと彼女自身、葛藤があったのだろう。

その気持ちに寄り添うまでには、私は何も知らなすぎる。

「帰ろっか」

そう言った参ツ葉さんは、いつもの参ツ葉さんに戻っていた。
私の隣を通り抜け、スキップでもしそうな足取りで、この部屋の出入り口に迷いなく向かっていく参ツ葉さんは、どこか吹っ切れたようだった。

そんな彼女の後を追いながら、ふっと彼女の後ろに組まれている腕が、微かに揺れているのに彼女は気付いているのだろうか。足を止めた私に、参ツ葉さんがきょとんとした表情で振り返り、「どうしたの?」と小首を傾げる。

それに私は慌てて首を横に振るけど、何となく、また歩き出すことが出来なくてその場に立ち止まっていた。夕暮れだった外はすっかり日が落ち、参ツ葉さんの髪が、日の光に染まっていたのが抜け落ちていく。

「参ツ葉さん」

「んー?」

参ツ葉さんが何歩か先を歩いていた足をこちらに戻してくるのがわかる。
何でもないように、「どうしたの?」と優しく聞いてくれたその表情は、私が発した言葉に、驚きに変わっていく。

もともと大きかった瞳をさらに目を丸くして、こぼれ落ちそうなくらいに見開いて、参ツ葉さんは、やがて、ゆっくりとほほ笑むと、今度は泣きそうなくらいに微笑んだ。

「いつか、君の名前が分かったら。ちゃんと、伝えたいな」

ありがとう、そう言って私の手を取った参ツ葉さんは、今度は私と一緒に扉に向かって歩き出した。体温は感じないはずなのに、何でだろう、参ツ葉さんの手はとても温かく感じた。

扉を通り抜けると、また知らない場所にたどりついた。
参ツ葉さんが辺りをきょろきょろと見回している私に「ここは私の職場よ」と説明してくれた。先程洋服でいた参ツ葉さんはすっかりと和服に変わっている。まるで手品みたい。

参ツ葉さんの職場は、見渡す限り「本」だった。2階分の天井まで伸びた本棚には、端から端までびっしりと本が敷き詰められている。その一冊一冊が、人の記憶なのだとしたら圧巻してしまう。

これだけでも管理するのにどれだけの労力がいるのかと考え込んでいると、参ツ葉さんがこれはほんの一部なのだと教えてくれた。

「実際はね、自分の手で探してその人に渡すなんて手間はないのよ。本当にその記憶が必要な人が居て、その人がその記憶を見るべきだって、「本」がそう思ったら、自然とその人の元へ本はやってくるの」

まるで、本が意思を持っているような言い方をした参ツ葉さんは誰もいないはずの扉の方を見つめると、少しの間も置かずに開いた扉から人が入ってきた。

参ツ葉さんは奥の椅子に私に座っているように言うと、入ってきた中年男性の前に立ち「いらっしゃいませ、記憶屋へようこそ」とゆるりと微笑んだ。

中年男性は何だか分からずここに辿り着いたらしく、辺りを見回してから、一瞬こちらを見た時に私と視線が合ったけれど、それは本当に一瞬で、すぐに参ツ葉さんに手渡された書類を見つめた。


主人公

前回の「参ツ葉」と同じアプリさんのほうで作成したイメージ画像です。
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