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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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20話 「視線」


なぜ、俺は最初に見た時に思い出せなかったのだろう。

弐那川さんの喫茶店であの娘(こ)を見た時に、俺は確かに「初対面」だと認識した。
忘れるような記憶ではなかったはずなのに、俺は確かにあの娘を「忘れていた」。
あの場所に行くまでずっと胸の中に残っていたものが突然そっくりそのまま抜き去られたように。
それにあの日からずっと違和感を覚えずにいられない。

記憶が戻ったのは、あの娘に「急な仕事がある」と先にあの世界に飛ばさせた後、もう一度役所へ出向き書庫を歩いていた時だった。少しでも手掛かりがないかと役所に所蔵されている死者たちの記憶が綴られた本をサラサラと読んでいた時に突然記憶が戻ってきた。

まるで、俺にあの娘を知っているという事実を隠せとでも言うかのように。



庭先で何かを指差している葯娑丸が、あの娘に何かを話し掛けているのを縁側からぼんやりと眺めていると視線に気づいたのかあの娘が左右を見回した後にこちらを振り向いた。大きな瞳が少しだけ見開かれ、気まずそうに揺れた後に、くしゃりと笑った。

何も変わらないな。
自然と笑みをこぼしそうになるのを堪え、口元を手で覆うといつも通り、一文字に結ばれた口に戻す。
葯娑丸がそんな私を見てにやにやと笑っているが、そんなに私が葛藤しているところが奴には面白いのだろうか。無理にへそ曲げた口元が、今度は自然と曲がっていきため息を吐くと懐から携帯の着信音が響いた。

「もしもし、参ツ羽か?」

「あの街」とこの世界を行き来するにもそう容易いものではない。
俺がこちらに着ている間に向こうで情報収集を頼んでいた参ツ葉は、どこか頼りがいのなさそうな奴だが、仕事はきっちりと熟すのを買われて俺同様に弐那川さんの手伝いをしている。

「もっしもーし!碧ちゃん、やっほー」

甲高い声が耳元で響き、眉間にしわを寄せると受話器の向こうでもそれが分かったのか、楽しそうに「怒った?怒っちゃった?」なんて言ってくるところ、相も変わらずらしい。

「いっちーってば何か今回の子の事になるとムキになるよね~。」

「変な呼び方をするな。それで、連絡をしてきたということは何か見つかったのか?」

人をからかうような口調はもう慣れてはいるが、こいつとそんな長話をする気はないことを暗に伝えるように言うと先程までのふざけた雰囲気はどこへやら、急な真面目なトーンになった参ツ葉に少しだけ眉間にしわが寄る。

「葯娑丸君は一緒かなー?」

「いや、今は離れた場所にいるが。アイツには聞かれたくないことか?」

縁側から立ち上がり、障子の向こうまでくると後ろ手に障子を閉じた。
それに電話が来てからずっと向いていた視線が途切れたのがわかる。
あいつに監視の意思がないことはわかっているが、あいつ自身に報告の義務があるため、一緒に居る時に起こったことは全て報告しているのだろう。

監視されたくないのであれば連れてこなければいいといった者もいるが、世界をまたいで「記憶探し」をする条件が葯娑丸の同行であった為致し方ない。まったくもってやりづらいことだ。

「んやー、葯娑丸君はいいんだけどねー?彼に伝わると必然と「あの人」にも伝わっちゃうじゃない?それはちょーっとマズいっていうか避けたいのよねー」

「今別室に来た。回りくどい言い方はやめて率直に言え」

「あいあい~。まあ簡単に行っちゃうとね、いっちーのお気に入りの子?あの子が記憶失くしたのって、もしかしたら「あの人」絡みかもしれないんだよね」

「「あの人」絡み?どういう情報を得たかは知らないが、「あの人」は普通の人間には興味がない上に関与しない筈だが。」

「うんうん、普通の人間ならね。今肆ちゃんと伍君もこっちで動いてくれてるし、一度私もそっちに向かうよ~。碧壱さんが一緒なら、まぁ大丈夫だろうけど気を付けてね」

一方的に切られた電話を耳から離し、羽織の袖の中に仕舞うと眉間に寄せたしわを指で伸ばした。
最後に参ツ葉が低い声で呟いた言葉が頭の中をぐるぐると回った。

「あんまり信用しすぎない方がいいよ」

それが誰を示すのかなんて聞かなくてもわかる。
「あの人」を良く思っていないアイツからすれば、その人に仕えるものも信用できないのだろうし、本人は隠しているつもりだろうが、葯娑丸もそれに気づいているだろう。

けれど敢えてお互いにそのことには触れない。
それは単純にお互いにどう思われようがいいと割り切った関係なのか、それともお互いに利用することもあるだろうと踏んでのことなのか、はたまたそれ以外なのかはわからない。

だが今回、「あの人」が関与しているとするならば。
無意識に握りしめていた拳をゆっくりと解くと、そのまま障子の外には出ずに土間の方へと向かった。


参ツ葉(みつは)

弐那川繋がりで壱橋と知り合い「探し屋」の手伝いとして動いてくれる女性。
相手をおちょくったりのんびりした口調をしているけれど洞察力はずば抜けていて、実は一番冷静に周りを観察して状況把握が早い人物。
誰とでも打ち解けるような性格でも思慮深く、本編に出てきていない「あの人」を嫌っている為、葯娑丸のことも同様に信頼していない。


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