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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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18話 「お正月企画①」


朝、5時過ぎ。
何だか今日は目が覚めてしまって二度寝するのも何だし、と部屋を出て廊下に出た。
この辺は壱橋さん曰く人通りも少なく街中からも少し外れた場所にあるため、静かでいいらしい。
確かに日中でも小鳥の鳴き声や草木の間を通り抜ける風の音、時折葯娑丸君が近所の猫ちゃんと談話している声が聞こえる以外には長閑で暮らしやすい場所だった。

庭先のほうをぼんやりと眺めていると、向こうの方からリズミカルな音が聞こえ、その音に釣られるように歩き出すと何故か勝手場にたどりついた。こんな時間に誰だろう?と覗き込んだ勝手場には割烹着を被り、頭には三角巾をきっちりと巻き付けて、ことことと煮込まれている鍋を時折かき混ぜている壱橋さんがいた。先程の音は壱橋さんが包丁で野菜を切り分けている音だったらしい。

「眠れないのか?」

てっきり、気付いていないものだと思ってじろじろ見すぎていたのか、壱橋さんはこちらを振り返らずに問い掛けると近くにあったネジを手に取って刻み始めた。

「お手伝いできることはないですか?」

「…特には大丈夫だ。休めるなら少し休むといい、冬場は冷えるぞ」

そう言って壱橋さんはこちらに視線を向けると、一瞬眉間にしわを寄せてから、コンロの火を止めるとカランカランと下駄を鳴らしながら私の近くにやってきた。

肩にふわりとした重みが掛けられ、反射的に自身の肩を見ると、壱橋さんが着ていた羽織が掛かっていて、慌ててそれを手に取り壱橋さんに返そうとするけれど、羽織に伸ばした私の手は、私の頭にゆっくりと乗せられた壱橋さんの温かい手に自然と止められてしまった。

「風邪を引くぞ。一度引いたら、なかなか治らないだろう」

「え?」

俯けていた視線を上に向けると、壱橋さんはいつもの硬い表情ではなく、柔らかくて温かい笑顔で私を見下ろしていた。それに唖然として壱橋さんの方を見ていると、私に掛けられた羽織の肩口を整えて、襟元をそっと合わせてくれると、そのまま何も答えられずにいる私の頭をもう一度撫でて勝手場に戻っていった。

「何か、作っているんですか?」

普段は何だか、冷たいオーラを纏っている壱橋さんがあまりにも優しかったから。
いつもだったら決してしないけど、隣に立って壱橋さんの手元を見た。

「正月の準備をしているんだ」

「お正月の、ですか?」

「ああ。少し遅れてしまったが、それらしいことをしておこうと思ってな」

ゆるりと微笑みながら、「試食してみるか?」と自然に口元に運ばれてきた一口サイズの伊達巻に、恐る恐る口を開いて口に入れると、壱橋さんはそれを見届けて、嬉しそうに笑った。それにまた驚いてしまい、咀嚼するのを忘れて固まってしまったけれど、壱橋さんは気にすることなくトントンと包丁で野菜を切っていく。

何故だか、今日の壱橋さんは変だ。
いつもが優しくないとか、そういう訳じゃないけれど。
何となく一線引かれている気がするというか、私の気にしすぎだったらいいのだけれど。
今日はそんな距離を感じなかった。
それがすごく、嬉しくもあるし、けれど、急な出来事でもしかしたら夢かもしれないと思ってしまう。

いつまでもその余韻にひたり、ぼんやりと壱橋さんの背中を見つめている私に、壱橋さんは何事もなかったかのようにまた作業に戻ってしまっている。それに今のは夢だったのだろうか?と小首を傾げた私は、後ろからやってきた葯娑丸君に話しかけられるまでいつまでもぼんやりと勝手場の前で悩んでいた。



「熱いから気を付けて食べるんだぞ」

壱橋さんはあの短時間でお雑煮からおせち料理まで作ってしまったらしく、男の人だというのに切り方も丁寧で華やかさすら感じる料理を見ていると、何だか女なのにロクに料理が出来ないことにとても罪悪感に似たような感情を持ってしまう。記憶が戻ったら、そういうことも思い出すのだろうか。

葯娑丸君はいつもと違う壱橋さんを見ても動じることなく、いつの間にか人型に戻っておせち料理を堪能していて、壱橋さんはそんな葯娑丸君に「行儀が悪いぞ」と注意しながら取り皿に彼の好みを取り分けたりしていた。

そんな壱橋さんをぼんやりと見つめていると、かちりと合った視線に心臓がバクンと跳ね上がった。
思わず目を逸らしてしまいたかったけれど、勝手に見ていたのは私だというのに、逸らすのも失礼かと思い、けれど気まずさがこみあげてきた時だった。

優しく微笑んだ壱橋さんが、誰かの名前を呟いた瞬間、まるで操り人形の糸が切れたように倒れた。
そう、文字通り倒れた。テーブルに載っていた壱橋さんの分のお雑煮の中にダイブする形で。
慌てて壱橋さんを引き起こそうと格闘していると、お餅を食べて素知らぬ顔をしていた葯娑丸君が私を押しのけるように壱橋さんの横に立つと、両脇に腕を入れて軽々と壱橋さんを持ち上げてそのまま床に放り投げた。

「葯娑丸君!?」

慌てて壱橋さんに駆け寄って無事を確かめると、ただ眠っているだけらしい、時折寝言のようなことを呟いたけれど、やがて静かに寝息を立てて眠りについてしまった。

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