ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
目次

8話 少しの寂しさ


「乱暴なことをするなとあれ程言っただろう」

「乱暴なことなどしていない、ただ連れてきてやっただけと言っているだろう!」

小さく聞こえてきた話し声に目が覚め、まだ眠っていたいと訴える脳を少しずつ起こしていく。
重い瞼を開けるとそこはどこかの和室のようで、私は布団に横になっていた。
「いつの間に布団を敷いたっけ」なんてぼんやりする意識の中で考えていると、襖の向こう側、光の漏れているそこから葯娑丸君と、それから壱橋さんの声が聞こえて、慌てて起き上がろうとしたけれど、眠る前に感じた圧迫感が脳を支配し、再び布団に戻ることになってしまった。

「弐那川さんからあの子にはケガ一つさせないようにと言われている。お前が下手に能力を使って、あの娘に何かあったらどうするつもりだ」

「そのくらいの加減くらいできるに決まっているだろう。ただ眠らせただけでそこまで言うなんて、心配性すぎうやしないか?」

「記憶がないものは他の者と比べて器との繋がりが極めて低いことを知っているだろう、葯娑丸。あの子の魂があの器から剥がれ落ちたら、もう俺たちには戻せない。お前が「あの方」に掛け合うというのであれば話は別だが?」

葯娑丸君と壱橋さんは苛立った声音で話している。
その内容は私のことだろうということは分かる。
けれど、「あの方」と称された人物のことは何も知らない。
ただ今分かっているのは、葯娑丸君は「あの方」と称された誰かの話題を出されることを嫌っているらしく、威嚇する声がこちらにまで届き、壱橋さんがそれに対して動じることなく「とにかくもう無茶はさせるな」と冷たい声で言い放った。だんだんと脳が正常になっていくのを感じ、起き上がろうと床に手を置くと、襖が開いて驚いた表情の壱橋さんと目が合った。壱橋さんの向こうには背中を向けて座っている葯娑丸君が見えたけれど、壱橋さんが後ろ手に襖を閉めた事でその姿が見えたのは一瞬のことだった。

「起きていたのか。調子はどうだ?」

「大丈夫です、ごめんなさい。私がしっかりしていなかったから」

「いや。気にすることはない。まだ身体に気だるさが残っているだろうから、今日は一日休むといい」

布団から出ていた私の手を掴み、布団の中へと戻した壱橋さんは傍らに座ると、そのままの流れで私の額に手を当てた。壱橋さんも私と同じ幽霊だからだろうか、それとも元々からだろうか、ひんやりとした体温が額に伝わってきて、それが心地よく感じた。無意識に目を閉じて、息を吐くと額にあった手は離れていき、それがとても惜しく感じた。

「あの、私が居たところの、真選組の人達に何も言わずに出てきてしまったんです。」

「ああ。葯娑丸に眠らされてその間に移動したからな。お前は気にしなくてもいい、早く休め」

壱橋さんがいるということはもう日付をまたいでいるのだろうか。
あの時はもう真っ暗だった外が、日が高く上がっているらしい、窓から溢れる陽の光に目を向けていると、壱橋さんが口を開いたのが吐息の音で分かった。

「弐那川さんからの伝言だ。辛いなら戻ってこいと」

「え、でも世界を飛んだらもう戻って来れないって」

「ああ、普通はな。あの街の規律はある人物の手ですべて仕切られている。その者に掛け合えば「前例にないこと」を起こすことも可能だ。ただ、情のなさから奴と関わろうとする物好きは少ないが。…弐那川さんは何としても、お前がいい方に向くのならあの人にも掛け合うだろうな」

弐那川さん。
会った時からすごく優しく私を迎え入れてくれた人。
けど一緒に居た時間なんてほんのわずかだ。
そんなに気に掛けてもらうなんて、私はあの人に何もしていないというのに。
この世界に旅立つ決意をした時も、優しく抱きしめてくれた弐那川さんが「私はいつでもあなたの味方よ」と背中をぽんぽんと叩いてくれたのを思い出す。

「正直、俺から見れば会って間もない人間にそこまでするなんて信じられないがな。けどあの人はどうもお前を気に掛けているらしい。元々、誰に対してもそうだが、特にお前に対しては他の者に対する感情よりも別のものを感じることがある。」

壱橋さんは、弐那川さんに対して素っ気なく対応することが多いけれど、それでも節々に弐那川さんを案じる優しさを見せる時がある。私も少しだけわかる。弐那川さんには悲しい思いも辛い思いもしてほしくはないと思うから。きっと壱橋さんはポッと出てきた私が、あの人を悲しませる異分子でないか見極めているんだと。ただ私が傷つけば結果的に弐那川さんを困らせる、そうしない為に先程も怒ってくれたのだろう。

何だかそれがとても寂しいことのように感じたのは、きっと私に記憶がないからだ。
記憶がないから、唯一知り合いの壱橋さんに「そう」思われていることが寂しく感じるだけ、それだけ。
目を閉じた私に額にまた冷たい手が触れたのを感じた。

その時、壱橋さんが何かを呟いた気がしたけれど、夢の中に落ちた私はそれが何なのか確かめることすらできなかった。


目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。