ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
目次

7話 黒と猫



「うん、思ったより傷が深くなくてよかった」

救急箱を持って、戻ってきてくれた黒髪さんは山崎さんというらしい。
私の額に湿布を貼り髪の毛にかからないように配慮しながらテープで固定してくれると、道具をしまい込みながら「どうしてまた女の子がケガしちゃったの?」なんて聞かれる。何故、と言えば、あの茶髪さんから私が勝手に逃げて、土地勘がなかったのもあって先回りにあい、足を掛けられて転んでしまった。普通なら両腕を前に出して頭を庇うのだと言いながら呆れた視線を向けてきた茶髪さんの顔が脳裏によぎる。

そのことを正直に伝えると、山崎さんは若干遠い目をしながら「目に浮かぶ、あの人の悪い顔」と力なく笑うものだから、茶髪さんは普段から、色々な意味で凄い人なのかもしれないと、つられて私も苦笑いした。。

「沖田隊長は…誰に対しても乱暴だからね。よく言えば男女平等だけど、君みたいな普通の女の子からしたら怖かったでしょ。ごめんね」

「いえ、私が逃げ出したからなので」

なんで山崎さんが謝るんだろうとか思ったけれど、車の中に居た時の2人の様子からして、茶髪さんは山崎さんの上司に当たる人なのだろうと思う。それに、きっとあの人は自分が悪くても謝らなそうだとあの短時間でありながら何となく察せた。…今回は私が悪かったけど。

布団を一緒に敷いてくれるというのをやんわりと断り、山崎さんが部屋を出るのを見送るために立ち上がると障子の向こうから猫ちゃんの鳴き声がした。ほんの小さな、聞き逃してしまうくらいの声だったせいか、山崎さんは障子の方をじっと見て立ち止まった私に不思議そうな顔をした。

「いえ、その猫ちゃんの声が聞こえた気がして」

「ああ、そう言えば最近野良猫がこの辺を歩いているのをよく見かけるからその猫かもしれないね。いつも朝屯所に来るから、見たいなら連れていくよ」

「え、じゃあ…ご迷惑じゃなければ」

「うん、わかった。じゃあその為にも今日はゆっくり休まないとね。ちゃんとお布団敷いて寝るんだよ。女の子なんだからね」

私が布団を敷かずにいようとしたことがバレているのか、ここに来てから何度目かの念押しに頷いた。
山崎さんの去った後の部屋は異様なくらいに静けさが増して、そう言えば山崎さんがこの廊下の先には書庫や倉庫ばかりで隊士さんの部屋からは一番離れた場所にあるから人通りがないんだって話していた。
普通は保護対象者を見張れるように隊士達の部屋から最も近い部屋を用意すべきなのだけれど、私が女ということもあり、ここの局長さんが最大限の配慮をはかってくれたのだとか。何から何まで申し訳なく思いながら襖を開けて中の布団を確認した時に、スッと開いた後ろの障子に驚いて肩が跳ねた。

「にゃあ」

障子を開けて入ってきたのは一匹の猫ちゃん。
猫ちゃんは障子を器用に閉めてこちらを向くともう一度鳴いた。

「あ、やっぱりさっきのは葯娑丸君だった」

知った顔を見れたからか、安堵した私に葯娑丸君は傍まで歩み寄ってくると呆れた目を私に向けた。

「どこをほっつき歩いてるかと思えば人間に捕まっているだなんて。どんくさい奴め」

葯娑丸君に歩み寄ろうとした足を止め、茫然としたのは決して急な暴言?を言われたからじゃない。
もしかしたらここの人が廊下を通ったのかなと思ったけれど、山崎さんがこの廊下は人払いをしてあるし朝まで誰も来ないと話していた。その代わりに何かあったらと置いて行ってくれたのは簡易的なベル。
ちりんちりん、と可愛らしい音の鳴るベルでも山崎さんは聞き取れるらしい。「一応これでも監査なんだ」なんて言っていたけれど、普通の人なら出来ないと思う。凄い人なんだなぁなんて思考が別の場所に逸れているのを察したのか葯娑丸君が私の足元へやってくると近くにしゃがみ、私の足をぺしぺしと叩いた。

「それにしてもそのケガはなんだ。どこのどいつにやられた」

「これは、その、ちょっと躓いて」

声の主が誰だかも分からないのに、なぜ答えているのだろうと思いながら足元の葯娑丸君を見ると、またしても呆れた視線でやれやれと首を横に振った。

「弐那川のばあさんに心配だから見てきてと言われて来てみれば。思ってた通りじゃないか、どんくさい娘め」

弐那川さん、この世界でその名を知っている人は、私、葯娑丸君、そしてこれから来る壱橋さんだけ。
低音ボイスの壱橋さんの声よりもっと高くて、幼げな声は、葯娑丸君の口元と連動するように出てくる。
いや、多分それは偶然ではなくて、きっと。

「葯娑丸君…いつから喋れるのようになったの?」

「お前はどうしてそうワンテンポ遅いんだ!?」

葯娑丸君は前足で私の足をペシペシと叩きながら怒っている。
それを見て不謹慎だとは思いつつ、何だか可愛くて微笑ましい気持ちになるのを堪えた。

「ごめんね」

「まったく。まあいい、早く支度しろ。アイツらが気がそれているうちにここをでるぞ」

葯娑丸君はそう言って私が持ってきた荷物を口にくわえそのまま出ていってしまおうとする為、慌てて立ち上がってそれを阻止しようとする。山崎さんが午前中の間には解放してくれるって話していた。それまではここに居て欲しいと。それなのにそれを無視してここから出るのはなんだか、信頼してここに置いてくれた山崎さんの気持ちを裏切ってしまうことになる気がする。

葯娑丸君はそれを聞いて目を細めると、葯娑丸君の口から荷物を取ろうとした私の腕は、私の意思に反してがくんと下に落ちた。それに「あれ?」と思った時にはもう遅く、頭の中を何かが押さえつけるような眠気に、畳に体を叩きつけるように倒れた。その時、山崎さんが手当てしてくれた額が、じん、と熱を持った気がした。

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。