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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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1話 ねこちゃんと

少しの肌寒さに意識が浮上した。
昨日の夜までは知らない人の家で眠るなんてと思っていたのに、体は正直だった。
1階の喫茶店からは想像がつかないくらいに清潔感のあるベッドルームに案内され、少しだけ疲れを取るために横になっただけなのに泥のように眠ってしまったらしい。ぼんやりした頭でそんなことを考えていると、ふっと自分の腹部に何かの重みを感じていつの間にか掛けてあった布団を軽く持ち上げ腹部を見るとそこに鎮座していた猫に驚いて飛び起きてしまった。

思わず勢いよく起きてしまい、しまった、と思った時にはすでに遅く、猫ちゃんの方を見ると綺麗に床に着地してからこちらを見上げて、まるで咎めるようにひと鳴きされた。

「アンタが勝手に登ったりするからだろうに」

何だか申し訳なくなり、猫ちゃん相手と言えど謝ろうとした時、いつの間にか部屋に入ってきていたらしいおばあさんが猫ちゃんを見て呆れたように笑った。

「よく眠れたかい?扉が開いていたからまさかと思ったらやっぱり入ってきちゃってたんだね。悪かったね。朝食を作ってきたからおあがり」

お盆に載せられた温かいスープに、焼き立てのパン、飲み物にオレンジジュース。
湯気が立っているそれに思わずじっと見つめてしまったが私は財布を持っていないし昨日の飲み物代すら払えていない。それにご厚意に甘えて泊まらせてもらったというのに。

申し訳なくて俯いた私におばあさんは「早くおあがり、今は体を休ませるのが大事だよ」と優しく頭を撫でてくれた。



「ごちそうさまでした…」

「お粗末様でした。綺麗に食べてくれると作り甲斐があるねぇ。まだ朝早いからもう少しゆっくりしておいで、午後からお客さんが見えるからあそこにある服を着て来るんだよ」

「え、あの…お客さんって…それにあの服」

私は何も持たずにここにやって来た。
そうだとすればあの服はおばあさんが用意してくれたものだろう。
何から何までなぜここまで私にしてくれるのか、おばあさんは「いいからいいから」と食器を片付けに出ていってしまうし、猫ちゃんは再びベッドに上ってきて私を見上げると「さっさと着替えろ」と言わんばかりに鳴いた。


お客さん、もしかしたら昨日言っていた役人さんかな。
そうだとしたら自分の身元がわかるしありがたい。
記憶を思い出すにも私には名乗るべき名前もなければ、今まで生きてきた記憶もない。
それはすごく不安で、頼りなくて、怖かった。

用意された服に袖を通すと、少し大きめだけれど袖口が少し長めで指先まで温かかった。
着替えてから窓に歩み寄り外を覗き込むと、一面銀世界が広がっていて、道路に降り積もった雪を向かい側にあるお店の人がかき集めているところだった。そこに見覚えのある後ろ姿が見え、視線を少し降ろすとおばあさんが、雪かきをしている男性と挨拶を交わしていた。

昨日おばあさんに出会わなければ私はあのまま…そう思うと身震いする。おばあさんが優しい人だったからあのまま泊まらせてくれてここまで世話を焼いてくれたけれど、怖い人だったらもう私はここにはいないだろう。だからこそ、いつかちゃんと恩返しに来よう。ぼんやりおばあさんと男性のやり取りを見ていると、肩に重みが掛かりちらりと見ると黒猫ちゃんが私の肩を使って窓辺に飛び移った。

「にゃー」

おばあさんのいる方を見てひと鳴きすると、私の方を見てもう一度ひと鳴きする。
残念ながら私にはそれを理解することは出来ないけれど、もう一度私の瞳を見て、ひと鳴きした猫ちゃんは、そのまま窓辺から降りて部屋の扉の方へといってしまう。

「どこかにいくの?」

真っすぐに扉へと行き、器用にジャンプをして扉を開けてしまった黒猫ちゃんに問い掛ければ、チラリとこちらを向いてもう一度ひと鳴きした。そのまま何処かへ行ってしまうと思われた黒猫ちゃんは意外にもその場に腰を下ろして私を待っているようにじっとこちらに視線を向けたまま。

「私も行くの?」

窓辺から離れベッドの脇を通り、小走りでそちらに向かうと、私が追いついたのを見て猫ちゃんは今度こそ歩き出した。部屋を出て3部屋くらいある廊下を真っすぐと進む。やがて怪談が見えてきて、螺旋状になった階段を下りていく。時折「ちゃんとついて来いよ」と言わんばかりにこちらを振り向いて、昨日の喫茶店まで降りてきた。

それにしても大きい建物だ。
泊まらせてもらった部屋の更に上に続く階段も用意されていて、階段を挟んだ反対側には更に扉がいくつもあった。猫ちゃんはそんな私の考えていることがお見通しのようにカウンター前の椅子にのぼるとひと鳴きしながら古びた紙を前足でカリカリと引っ掻いた。

「ホテル…?ああ、ここはホテルだったのね。」

「にゃー」

「教えてくれてありがとう」

年季の入ったポスターにある建物は昨日ここへ来た時に見た外観とよく似ていた。
それにしても不思議な猫ちゃん。まるで私の言葉がわかるみたい。

猫ちゃんの座っている椅子の隣の席、つまり昨日私が座っていた椅子に腰かけると、猫ちゃんはまたひと鳴きすると、尻尾をゆらゆらと動かした。


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