ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
目次

狙われたのは…

 なぜ気付いたのか、実のところシャール自身にもわかっていなかった。
「ん~、まあいいわ。とにかく、今はピンチってことなんでしょう? どうするの?」
 ライザがハンクに訊ねる。
「どうとは?」
「だから、助けに行くのか、様子を見るのかってことよ」
「作戦はどうなっていた?」
「作戦は持ち場の死守よ。再現なのだから、当然よね。私たちは時間になったら車内から外にでる……ということになっているけど」
「霧が出ていないんじゃ、再現は無理だろう。失敗かどうかはまだわからないが、前の車両に行く。ライザはシャールとここで待機だ」
 ハンクが客室からでる。
 シャールはすかさず閉まりかける扉に飛びつき、視線でハンクを追った。
 すでに駆け出し、前の車両へと向かっていたハンクの背中に、シャールは声をかける。
「ハンクさん……!」
 声をかけたからといって何かを伝えたかったわけではない。
 ただ、なんともいえない嫌な予感がしていた。
「……シャール?」
 呼ばれたハンクは足を止め振り返った。
「……なにかあれば呼ぶ。俺は大丈夫だ」
 ハンクはシャールのなにを悟りそう返したのか。
 実は彼自身もシャールの心中を察しきれていたわけではない。
 ただ漠然と、「死にはしない」ということを伝えなくては……という思いから、そう返したに過ぎない。
 または「狂いはしない」という意味も含んでいたかもしれない。
 だからそこで待っていろ……ハンクは大丈夫という言葉にそんな思いを込めた。

「大丈夫よ、ハンクは」
 ライザの腕がシャールの体を包み込むように抱きしめる。
 シャールはライザの声を耳元で聞いていた。
「あなたを置いていったりはしないわ。約束は守る男だと思うわよ?」
「……ライザさん……」
「それとも、なにかを悟ったのかしら?」
「……え?」
「だってほら、さっき言っていたじゃない。なんとなく、気配のようなものが……って。説明のしようがない勘みたいなもの? そういうのってたまにあるわよね。そういうのを女の勘ともいうのかもしれないけど。私は発端から経験をしていないけど、シャールとハンクは発端からの関係者でしょう? 気付いていないだけで予兆みたいなものがあったとか。まあ、気付いていないのだから自覚なんてしていないし、説明なんて無理よね」
 ライザはシャールを励まそうとしたものの、なぜか上手くまとめることができなかった。

※※※

 一番の惨劇が繰り広げられた車両にハンクが到着すると、凄まじい動きで暴れている蔦があった。
「なにがあった!?」
 出入り口付近にいた兵士に声をかける。
 昨晩と同じ配置で再現ではあったが、昨晩と同じ人数で失敗をしていることから、昨晩現場にいなかった兵士も援護要因として配置していた。
 物陰に隠れ可能な限り、ギリギリまで手を出さないという命を受けているためか、それとも恐怖でなにもできずにいたのか、おそらくどちらもだろう。
 クロードの率いる隊員のほかに、救援として近くに滞在していた部隊も合流させている。
 彼らは民間人の救助を中心に行っていたため、この惨劇の再来ははじめての経験かもしれない。
「おい、しっかりしろ。見たことを言え」
「え、あ、うっ……」
「おい! 俺が聞くことに頷くか首を横に振るかでもいい。できるな?」
 聞かれた兵士は小さく頷いた。
「よし。昨日と同じ配置で待機していた隊員はどうした? 外に出たのか?」
 兵士は横に首を振る。
「ではまだ中にいるんだな?」
 首を横に振った。
「どういうことだ? まさかとは思うが、蔦に喰われたのか?」
 兵士はビクッと体を強ばらせ目が泳ぐ。
 そしてオイルが切れた機械のようにぎくしゃくと頷いたのだった。
「……っう! 蔦が人を喰らうだと? バカな!」
 ハンクしばし頭の中でこの状況を整理する。
 それから再び兵士をみた。
「生存はおまえだけか?」
 兵士は首を横に振る。
「隠れている者もいるのだな?」
 頷いた。
 出るにでれない、声を押し殺している、そんなところだろう。
 ハンクは立ち上がり、そして声を張り上げた。
「聞け! おまえたちは頃合いを見て陣営に戻り、見たことすべてをジェラルド軍曹に報告をしろ。蔦は俺が引きつける。逃げるタイミングくらいは訓練されているんだ、いちいち合図をしなくてもわかるだろう?」
 ハンクが認識できるのは、今、目の前にいる震えている兵士だけだ。
 彼の返事が生存している兵士の合意であることとしたい、そんな視線で兵士をみた。
 兵士はハンクと目が合うと、半ば涙目になりながらも頷く。
 恐怖で押し潰されそうになりながらも、どこかに兵士である自覚と与えられた任務を遂行する意志だけは残っていたようだった。
 ハンクは腰に備えていた鋭利な刃を持つナイフを手に構える。
 蔦はハンクがこれだけ声をあげていても彼に襲いかかろうとはせず、なにかを探すかのように空間の中をうねうねとしていた。
「あいつ、俺が目的ではない?」
 今までの推理や仮説ではハンクかシャールがターゲットかもしれないということだった。
 ハンクでないのならシャールの確率が高い。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。