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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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打診

「わかりました。あなたとしては擬神兵が関わっていることはまずない。ケイン・マッドハウスの関与は未知数ということですね」
「ああ、そうだ。そう報告してくれて問題ない」
「わかりました」
 そう口にすると黙っていたもうひとりの軍人が席を立つ。
 報告するために部屋を出るのだろう。
 もうひとりも続くと思ったが、席を立つ気配がない。
「さて……」
 軍人の男は仕切直すように言葉を口にし、やや前屈みになりまっすぐハンクをみた。
「実は本題はここからでしてね」
「……?」
「今回の件、あなたにも加わっていただきたい」
「……なぜ?」
 不思議現象だったとしても、荒れ地に木々が生えるのは好ましいことではある。
 自然に生えていくことはほぼ無理で、人工的に植えて育てていかなくてはならない。
 仮にその不思議現象が一瞬、一時的なものでないなら、それは画期的ことではないだろうか。
 軍が対処すると聞いた時、進路を妨げるようなら……という意味合いにとっていた。
 もちろん、それに擬神兵やケインが関与しているとはっきりわかれば話は別であるが。
「未知数だからですよ」
「……?」
「関与は未知数。ゼロではないなら百である可能性もあります。待機、なにもなければそのままこの旅を続ける。それでどうでしょう? もちろん、そちらのお嬢さんの安全はこちらが責任をもってお守りいたします」
「つまり、この汽車にシャールとあんたらを残し、俺は軍と合流しろと?」
「そうです」
「簡単に言ってくれる」
「そうでしょうか? 陽が暮れればあなたは擬神兵としての本領発揮ができる。軍との合流は難しくはないでしょう?」
 この発言に、いままで黙って聞いていたシャールがはじめて口を開いた。
「ダメです」
 軍人はギロリとシャールを睨む。
 その表情は「民間人は黙っていろ」と圧をかけているようだ。
 それでもシャールは負けない。
「ダメです。あなたは擬神兵をわかっていません。できるだけ擬神兵の力は使ってほしくありません」
 擬神兵の末路はあなただって知っているでしょう? シャールの目はそういう目をしていた。
「そちらのお嬢さんは、擬神兵が保てる理性のことを案じているのかな? であれば、この男のことは心配せずともよいのではないか? ほかの擬神兵はどんな状態でも変化できたが、彼の場合は条件が揃わないと不可能だ。たとえばの話だが、擬神兵に百回、二十四時間変化すると理性を無くし暴走してしまうとしよう。彼の場合はその半分程度というわけだ」
「理論的なことを言っているのではありません。彼は人なんですよ? 機械が故障する確率とは違うんです。人は道具ではありません!」
 いままで感情の起伏を見せていなかった男の何かがはずれる。
 バンッとテーブルを叩き、叩いた時の拳に力をためる。
「民間人風情が知ったようなことを……軍人であるならば命など惜しまない」
「ハンクさんは軍人ではありません」
「だが、民間人でもない」
「そういうの、屁理屈って言うんです」
「……っう、小娘が!」
 感情のまま、握った拳を振り上げてしまいそうになる。
 男は必死にその衝動と戦い、なんとか握った拳の力を緩めた。
 しかし、シャールをみる目は敵意に満ちている。
 やりとりを静観していたハンクは、なにかあればシャールを守るつもりであったが、軍人の方がひとまず引いてくれたことに、胸をなで下ろした。
 いまさら軍とことを構えたところで痛くもないが、クロードがいまのところハンクを追いかけ回すつもりはないことはわかっている。
 あえてハンク側からその要因を作る必用はない。
 しいていえば、できれば穏便に済ませたいといったところだろうか。
「ふたりとも、そこまでだ」
 頃合いだろう、ハンクはそう判断をして静観する側から割って入る側へと転じた。
 軍人は苛立ちが消えてはいないが、彼とて車内でことを荒立てるのは本意ではない。
 できればハンクの機嫌を損なわず、自分たちの指揮下に入ってもらいたいという思いがある。
 納得はしていないが、ここは引き下がるのが得策であると考えた。
 シャールもまた、別の意味で胸をなで下ろしていた。
 彼女はできれば軍とはことを荒立てたくはない。
 それは自分のためではなく、ハンクのためであった。
 いつ、クロードが心変わりをして標的としてハンクの追跡をはじめるかわからない。
 けれど、父が擬神兵であったこと、ハンクと旅をしてほかの擬神兵の末路などを見て、ただ軍の言い分に従ってばかりというのは納得できないという思いがある。
 その中に、擬神兵の存在を否定、そして道具のような言い方をすることへの抵抗が根強くある。
 彼女の中にそういった感情があることをハンクはわかっている。
 ここはどちらにとっても損得のない提案をするのがいいだろう。
「俺としては、シャールの側を離れるつもりはない。彼女は民間人だ。その彼女の護衛を軍がしているとなればほかの乗客に不安を与えることになる」
 もっともな意見だ……と、思ったのだろうか、軍人がしかめっ面をしたまま頷く。
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