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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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謝罪

 だが、夜の荒れ地は危険地帯には変わりなく、ハンクは感覚を研ぎ澄ましていた。
「シャール」
「なんですか?」
 彼女の部屋の前に立ち、軽くノックをしながら声をかけると、無視はされなかったが、まだ許してはくれていないことがわかる声のトーンで返された。
「その、さっきは悪かった」
「本当に、そう思っていますか?」
「あ、ああ」
「どこがどう悪かったのか、言えますか?」
「……」
「……ですよね。なら、簡単に謝らないでください」
「だが……」
 どう考えてもやはり悪いのは自分であった……くらいはわかるハンクにしてみれば、とりあえず謝っておこうと思うもの。
「私もハンクさんにデリカシーを期待しないようにしますから」
「なに?」
「私が傷つかないようにするための予防線です。それで、なんですか?」
 相手がそうやって予防線を張るというのなら、自分も言動には気をつけようと思うものの、たぶん、またやってしまうだろう自信があると思うハンクは、シャールの出した答えに不満があれど、言い返す言葉が見つからなかった。
「ああ、そうだな。そろそろ荒れ地を通る。夜は危険地帯だ。汽車の速さなど関係なく、襲う気があれば襲ってくる。カーテンを閉め、明かりを消し、なにがあっても息を潜めているんだ」
 すると、かたく閉ざされていた扉が開き、シャールが顔を出す。
「そんなに危険なんですか?」
「わからない」
「え?」
「どんなに栄えても夜は危険なものだ。荒れ地ならなおさら。用心をしておけということだ」
「そういうことでしたら、一緒にいた方がいいと思いませんか?」
「……」
 ハンクはまじまじとシャールを見下ろす。
 人をデリカシーの欠片もないといっておきながら、その口がいま、なにを言っているのか、この少女は自覚しているのだろうか。
「ハンクさん?」
 ハンクが見つめる視線に晒されたシャールは、無言でなにかを訴えるハンクを見上げる。
 シャールなりに彼の真意を読みとろうとはしたが、適切なものが思い浮かばない。
 そんなシャールをハンクはなんとなく感じることができた。
 たぶん、いま、なにを言っても彼女には伝わらないだろう。
 無自覚なのだ……と。
 すると、自分に対しデリカシーがないと責めたシャールの気持ちがなんとなく理解できるハンクだった。
 自分の言動を思い返し、ため息しか出てこない。
 この一瞬だけは過去の言動を悔い改める、いや、ささやかな後悔とわずかな非は認めることができたが、次に活かせるかは疑問だと自分の性格を分析した。
 それらも含めてのため息。
 シャールは無自覚ゆえ、ハンクの思考や気持ちをそこまで汲むことはできないまま時間が過ぎようとしていた。
 時間にしてものの数分といったところだろうが、ふたりにとっては数十分くらい感じただろう。
 すぐ近くに普通の乗客からは感じられないモノを漂わせながら近づく気配にすら気づかないほど。
 ハンクがただならぬ気配に気づいた時には、シャールの視界にもその人物の姿をとらえることができていた。

 ハンクは背後、いや背後に近づこうとする気配に気づき、意識をそちらに集中した時はすでに手が届く距離までになっていた。
 そこまで気づかなかったのは、ただならぬ気配を漂わせてはいるが、そこに敵意や殺気がなかったから。
 もっといえば、その気配はライザたちと別れた直後から感じていた。
「軍の監視、か? いまさらなんだ?」
 ライザがというよりはクロードが策も講じずハンクを手放すはずがないことくらい、彼自身、わかっていた。
 だからこそ、ずっとついてくる気配を感じながらも無視していたのだった。
 いまさら……とは、彼がターゲットを尾行し監視する立場であったなら、このタイミングで接触はしない……という経験からの発言だった。
「緊急事態です。我々とて、あなたがたに接触する予定は任務に入っていない」
 淡々と感情が感じられない、軍人の中の軍人、軍人とは本来こうあるべきだという手本のような人物がそう告げた。
 上の命令で動く軍人に私情というものは無用。
 だが、それを実践できる者は限られている。
 となれば、クロードは信用できる手駒をふたり、手放してまでハンクを監視するに値する人物であると位置づけていることになる。
「上からの命令か? なにがあった?」
 軍が動くほど差し迫った事態であるとは思えない。
 汽車旅は至って順調で、たしかに荒れ地に入れば騒動のひとつやふたつは起きるだろうが、軍が問題視するほどの事態にはそうそうならない。
 なにかある度に軍が動くということは、それはもう内戦勃発が起きそうなどの事態を表している。
 監視をしていた軍人ふたりのひとり、ハンクの質問に淡々と答えていた人物は、新たな質問に対し口を閉ざすつもりはない、その意思はあるものの、シャールの存在がその意思を阻もうとしていた。
 チラリとシャールをみる。
 見られたシャールは軽く小首を傾げた。
 彼女とて、軍としばらく行動をともにしていた。
 民間人が立ち入っていいか悪いかの判断はできるし、席を外せと言ってくれれば従うつもりでいた。
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