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師走の祈り

原作: その他 (原作:Axis powers ヘタリア) 作者: 鮭とば
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師走の祈り

 師走はどうしてもこうも多忙になってしまうのか。
 そんな思いはオフィス内ををいつもより足早に行き来する同僚達も身をもって感じ取っているだろうが、本田はつい今月入って何度も浮かんでは答えに辿り着けない考えに至っては、深々と溜息をついた。こうならないように11月からあれこれ準備をしてしたし、対策も色々と練っていたのに結局今年も目まぐるしい羽目にあってしまっている。何故だ。
 準備とは何だったんでしょうね…。
 先月までの自分の考えを超える忙しさに再度深い溜息を吐きたくもなるが、そんな余裕があればキーボードを打つ指の速度を上げた方がいいだろう。
 ああ、いつももう上がっている時間なのに。ポチ君やたまと一緒に炬燵に入ってゆっくりネットサーフィンやらゲームができてる時間なのに。先月出たばかりの名作ゲームの続編もまだ途中だし、読みたかった漫画や小説も大量に溜まってしまっているのに。何より大切な冬の祭典に向けての準備もまだできていない。それなのに仕事が山積みでおわらないなんて…オワタ。
「……んだサン」
 そういえばどうして今日はこうも仕事の進みが遅れてしまっているのか。やはり休憩時間に途中のゲームのネタバレを踏んでしまったのが原因だろうか。それを回避したいのにゲームができない。ゲームをやりたい。ゆっくりしたい。ゆっくりさせてくれ!
「ええっと…本田サン?」
 時間も気にせずポチ君とタマのぬくぬくに酔いしれて、時折みかんを食べて、炬燵で寝落ちしてはゲームのセーブを気にする堕落した人生!そんな時間はどこに行った。何故就業時間が終わっている会社で残って仕事をしなければならないのか。もうこの世は地獄だっ!
「本田サン?おーい」
「そう思いますでしょう!?」
「は、はい!?」
「あ…」
 呼びかけに思わず脳内の愚痴の問い掛けをしてしまった。恐る恐る背後を見上げれば、今年入ったばかりの後輩が直立不動で固まっていた。
「す、すみませんカークランド君!」
「いえ、別にいいですけど…」
「……その、今のは忘れてください…」
 最近忙しいですもんね、と気遣われて顔を思わず覆う。気遣いが心に追撃アタックだ。
「ええっと、何が用ですか?」
「あ、そうだった。もう上がれと伝えてくれって頼まれたんです」
 その伝言に上司の席を見やれば、山積みの書類やら何やらの合間から手を振られた。あの人は何時まで残る気なのか少し心配になるが、帰れと言われたら帰らざるおえない。挨拶をしてコートと鞄を掴んで同じく帰る支度の整ったカークランドと並び立ってエレベーターへ向かう。
 そういえば彼はどうしてまたいたのだろうか。もう彼に頼んでいた仕事は就業時間内に終わっていたと思ったのだが。
 それなのに残っていたのはどうしてか、ということを尋ねれば、にっこりと優し気に微笑んだ。
「本田サンが残るのに俺だけ帰るのは悪いなって思って、明後日の会議で必要な書類を纏めていたんです」
 くっ!返事がイケメン過ぎる!
 流石カークランド君、と堪らず本田は呻いた。
 入社当初から超絶イケメンなイギリス人に女性社員はテンションを上げ、反対に男子社員からは嫉妬心もあってか暫く遠巻きにされていたけれど、このカークランド、ただのイケメンなだけではなかったのだ。仕事はすぐ覚えるし要領もいいがそれを鼻にかけないし、何より先輩を立てようと手回しまでしてくれるスーパーイケメンだったのだ。流石は紳士の国出身か。しかも性格も気さくで、偶に飲み会でやらかす所とかが憎めないといつの間にか男子社員達からも人気になっていて、今年一年面倒を見ていた先輩としては鼻が高いぐらいだ。
 やってきたエレベーターに二人して乗り込み、先導してボタンを押すスーパーイケメン様を見上げる。
「気遣いはありがたいですが、初めての年度末は大変でしょう?」
「確かに仕事量多いですけど、これぐらい大丈夫ですよ」
「若いですねぇ。私は結構いっぱいいっぱいで。これ以上何も起こるなって毎日祈ってますよ。帰るのが遅くなると、あまり休めないですし」
「確かに色々できないですよね」
「疲れも堪りますし…。そういえば、体調とか大丈夫ですか?無理はしてませんか?」
「ああ。俺は仕事中癒されているので、寧ろ元気です」
「あら、そうなんですか。猫の動画とか?」
「いえ、好きな相手がこの職場にいるので」
「ええっ!?」
 思わず大声を上げてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。
「そ、そうなんですか…」
「気になります?」
 結構一緒にいたのに気付かなかった、と驚いている間に眼前に迫った白皙の美貌に、思わず数歩後退ってしまう。それを許さないと言わんばかりに伸ばされた腕が、本田の腰を抱いて引き寄せる。
「か、カークランド君!?」

「俺が好きな相手は、本田サン」
 耳元で甘く囁く声に、足が震えた。

「…の机の上にある犬のぬいぐるみ」
「………は?」
 続く言葉に見上げれば、悪戯気に細まる新緑の双眸。その憎らしくも綺麗な顔面を思いっきり叩く。
「せ、先輩を揶揄うもんじゃありません!!!」
「ははは!すみません。前から思っていたけど、本田サン無防備過ぎですって」
 一階に着いたエレベーターから転がる様に走り出て、距離を取る本田に、カークランドはニィッと意地悪な笑みを浮かべた。
「そんなんじゃ、簡単にキスも奪えちゃうし」
「き、キス!?」
「さっきの、まだ続きがあるんだ。犬のぬいぐるみ、の持ち主が俺の好きな相手」
 それって結局は…。
 固まる本田の脇をすり抜け、カークランドは軽く片手を上げた。
「返事はいつでもいいんで。じゃ、お疲れ様でした、本田サン」
 もうこれ以上は何も起きないで欲しいとさっき言ったのに。やはり年末はろくでもない、と本田は真っ赤に染まっているだろう顔を隠すように、その場に蹲った。
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