2話 ざわめきの原因
「あー。れいちゃん、おはよー」
「おはよー、ユキ」
なんの変哲もない月曜日。いつも通りあたしは学校に登校し、自分のクラスへ足を運ぶ。
まず最初に声をかけてくれたのは、あたしの隣の席に座っている幼馴染の一瀬雪乃だった。
ーー……ひょわぁぁ……ねむい。……一時間目ってなんだったっけ。
ーー……あ、そうだ数学だったー……。あれ、そう言えば宿題出てたような……。
ーー……まあいっかー……。ねむい。
ユキの心の声が聞こえてきて、少し笑いそうになる。ユキは、昔からどこかボーッとしているというか、無気力のかたまりみたいな子だった。
そして、ユキは他の人と比べて心の声がかなり少ない。
実はユキもテレパシストの一人で、周囲に気づかれないよう細心の注意を払っているために心の声が聞こえにくいのではないかと、一時期疑ったこともあるけれど、その考えは外れていた。
単純に、普段からあまり物事について考えることがなく、思ったことはそのまま口に出すという正直な性格をしているのだ。
たまに聞こえてくる声と言えば、今みたいに「ねむい……」「まあいっかー……」とか、気の抜けるようなことばかり。
ユキみたいに、表裏のない人間はテレパシストにとって非常にありがたい存在だなぁとしみじみ思う。
無駄に顔色を窺ったり、どんな言葉を返せば喜ぶか? これを言ったら怒るかな? とか、面倒な計算をしなくても済むのは、一緒に居てとても楽だった。
「れいちゃん、何かいいことでもあったの」
「えっ、なんで?」
「なんかちょっと、うれしそうな顔してる……ように見えるからかなぁ」
危ない。自然と頬が緩んでしまっていたみたいだ。気をつけよう。
「あははっ、何それー。別に何もないよ」
「んー……そう? まあいいやー」
ーーうーん? 気のせいだったのかなあ……。あ、だめだ……ねむい……ちょっと寝よ……。
そう言って、ユキは机に顔を伏せて仮眠をとることに決めたようだ。あと十分でホームルームが始まるというのに。
ーーよっし、今のうちに!
次に聞こえてきたのは、とある男子の声。あたしはすぅと息を吸い込み、心の準備を整える。
「よ、よぉ! 柚木」
「あっおはよう、宮内くん」
「おはよう! なあ、次の土曜なんだけどさ……」
「うん? 次の土曜?」
「岩山たちとカラオケ行こうって話しててさ、予定があいてたらお前も行かね?」
ーーそして、あわよくば柚木と二人きりになって……なんてな! ってか近くでよく見ると柚木の胸ってけっこうあるのな……。あー、一度で良いから触ってみてぇ。
なんだ、この気持ち悪い生き物は。なんてことは1ミリも顔に出さないよう気をつけながら、慎重に言葉を選んで返事をする。
「うーん、ごめんね! あたし、次の土曜日は家族と一緒に温泉に行くんだぁ」
「……そっか、残念だけどそれなら仕方ないな。またみんなで集まる時、誘うわ」
「うん、ホントにごめんねー」
ーーちっ、また断られたよ。柚木って、俺が誘う時はいっつも予定入ってんのな。そんなに俺と出かけるのが嫌なのか? そんなわけないか。俺はイケメンで優等生だ。嫌われる理由なんてあるはずがない! ふはは! おっ、天笠は今日もエロい身体してるなぁ……。
宮内が自分の席へと戻っていく。
はぁーっ……。朝から非常に不快な思いをしてしまった。
あたしは男子が苦手だ。
世の中の全ての男子が、宮内みたいに下品な思考をしているわけではないということはもちろん理解しているつもりだけど、さすがにこうも毎回頭の中が女子に対する下心でいっぱいなヤツは生理的に受け入れ難かった。
上辺では相手に同調したり、共感しているように見えても内心では「キモっ」とか「まじありえないー」とか、真逆のことを考えている女子も怖いっちゃ怖いけれど、あたしとしては人間は誰もが本音と建前を使い分けるものだと思っているし、多少のウソくらいではもう心が傷つくことはない。
だから、常に女子の身体のことを考えているような脳内ピンク色の男子のほうがどちらかと言うと苦手だった。
「れいちゃん、だいじょぶー?」
「あれ、ユキ寝てたんじゃないの?」
「宮内のあの威勢の良い声で嫌でも起きちゃったよー」
「そっか、なんかごめんね」
「ユキちゃんは別に大丈夫だよー。むしろ、断ってくれてよかったー」
「どうして?」
「だって、宮内とか男子としゃべった後のれいちゃんって、なんかいっつも辛そうな顔してるからさー。シンユウとしてはちょっと心配になるわけですよー」
「え、そんな顔してる?」
「うん、してるしてるー」
ーーいや、辛そうって言うよりはGを見た時みたいな忌避感でいっぱいな顔っていうか……。
そ、そうなんだ……。
親友からの意外な指摘に、少し動揺してしまう。
あたし、顔に出ちゃってるのか……。上手くやってるつもりだったんだけどなぁ。
三年間の高校生活を平穏にやり過ごすためには、当たり障りのない人間関係を築いていくのが必須条件。
敵をつくってはいけないし、集団からはみ出してしまうのもダメ。
クラス内で目立つグループの子たちとも、反対に目立たない地味なグループの子たちとも、つかず離れずの距離を保っていく。
そうやって、卒業まで波風たてずにのらりくらり過ごしていけば……。
あれ? 卒業したあと、あたしは何になるんだろう?
そう言えば進路について深く考えたことってなかったな。
世間のテレパシストたちは、どんな仕事をしているんだろう。今度調べてみよう。
その後、担任が教室へやってきて、ホームルームが始まった。
ホームルームが終わり、休み時間に突入するとクラス内が何やらざわめき始めた。
「いかにも清楚って感じのさ、可愛い子らしいぜ」
「すっごく美人なんだってー!」
「大丈夫、絶対ユウナのほうが美人だって」
「へえー、私も後で見に行ってこようかな〜」
ーーつーか、このクラスの女子ってレベルは高いんだけど俺好みの清楚系女子が居ねえんだよな。
ーーま、どんなに美人な子が来ようが私には負けるんだろうけどっ。
ーーまたユウナのご機嫌をとる日々が始まるのかぁ〜。なんでこんな変な時期に来ちゃうかなぁ転校生……。
ーーぶっちゃけ転校生とかどうでも良いし。早く帰ってゲームしたい。
クラスメイトたちが実際に発している言葉と、その心の声が入り乱れ、耳と頭の中がキンキンする。うるさい。身体を動かしているわけでもないのに、ひどく疲弊する。
「およ、れいちゃんどしたのー?」
「ちょっとトイレ」
「そっかー、いってらしゃーい」
休み時間は残り少なかったけれど、少しでも静かな場所へ行って一度心を落ち着かせたかった。
教室を出ると、隣のクラスの前に人だかりができていた。なるほど、転校生が来たっていうのはこのクラスの話だったのか。
騒々しい廊下を早歩きで進み、逃げるようにトイレの個室へ入る。
全く何も聞こえてこないわけではないけれど、ここなら教室の中に居るよりはよっぽど静かで、休むことができる。
チャイムが鳴るギリギリまで、あたしは一人トイレの中で過ごすことにした。
「おはよー、ユキ」
なんの変哲もない月曜日。いつも通りあたしは学校に登校し、自分のクラスへ足を運ぶ。
まず最初に声をかけてくれたのは、あたしの隣の席に座っている幼馴染の一瀬雪乃だった。
ーー……ひょわぁぁ……ねむい。……一時間目ってなんだったっけ。
ーー……あ、そうだ数学だったー……。あれ、そう言えば宿題出てたような……。
ーー……まあいっかー……。ねむい。
ユキの心の声が聞こえてきて、少し笑いそうになる。ユキは、昔からどこかボーッとしているというか、無気力のかたまりみたいな子だった。
そして、ユキは他の人と比べて心の声がかなり少ない。
実はユキもテレパシストの一人で、周囲に気づかれないよう細心の注意を払っているために心の声が聞こえにくいのではないかと、一時期疑ったこともあるけれど、その考えは外れていた。
単純に、普段からあまり物事について考えることがなく、思ったことはそのまま口に出すという正直な性格をしているのだ。
たまに聞こえてくる声と言えば、今みたいに「ねむい……」「まあいっかー……」とか、気の抜けるようなことばかり。
ユキみたいに、表裏のない人間はテレパシストにとって非常にありがたい存在だなぁとしみじみ思う。
無駄に顔色を窺ったり、どんな言葉を返せば喜ぶか? これを言ったら怒るかな? とか、面倒な計算をしなくても済むのは、一緒に居てとても楽だった。
「れいちゃん、何かいいことでもあったの」
「えっ、なんで?」
「なんかちょっと、うれしそうな顔してる……ように見えるからかなぁ」
危ない。自然と頬が緩んでしまっていたみたいだ。気をつけよう。
「あははっ、何それー。別に何もないよ」
「んー……そう? まあいいやー」
ーーうーん? 気のせいだったのかなあ……。あ、だめだ……ねむい……ちょっと寝よ……。
そう言って、ユキは机に顔を伏せて仮眠をとることに決めたようだ。あと十分でホームルームが始まるというのに。
ーーよっし、今のうちに!
次に聞こえてきたのは、とある男子の声。あたしはすぅと息を吸い込み、心の準備を整える。
「よ、よぉ! 柚木」
「あっおはよう、宮内くん」
「おはよう! なあ、次の土曜なんだけどさ……」
「うん? 次の土曜?」
「岩山たちとカラオケ行こうって話しててさ、予定があいてたらお前も行かね?」
ーーそして、あわよくば柚木と二人きりになって……なんてな! ってか近くでよく見ると柚木の胸ってけっこうあるのな……。あー、一度で良いから触ってみてぇ。
なんだ、この気持ち悪い生き物は。なんてことは1ミリも顔に出さないよう気をつけながら、慎重に言葉を選んで返事をする。
「うーん、ごめんね! あたし、次の土曜日は家族と一緒に温泉に行くんだぁ」
「……そっか、残念だけどそれなら仕方ないな。またみんなで集まる時、誘うわ」
「うん、ホントにごめんねー」
ーーちっ、また断られたよ。柚木って、俺が誘う時はいっつも予定入ってんのな。そんなに俺と出かけるのが嫌なのか? そんなわけないか。俺はイケメンで優等生だ。嫌われる理由なんてあるはずがない! ふはは! おっ、天笠は今日もエロい身体してるなぁ……。
宮内が自分の席へと戻っていく。
はぁーっ……。朝から非常に不快な思いをしてしまった。
あたしは男子が苦手だ。
世の中の全ての男子が、宮内みたいに下品な思考をしているわけではないということはもちろん理解しているつもりだけど、さすがにこうも毎回頭の中が女子に対する下心でいっぱいなヤツは生理的に受け入れ難かった。
上辺では相手に同調したり、共感しているように見えても内心では「キモっ」とか「まじありえないー」とか、真逆のことを考えている女子も怖いっちゃ怖いけれど、あたしとしては人間は誰もが本音と建前を使い分けるものだと思っているし、多少のウソくらいではもう心が傷つくことはない。
だから、常に女子の身体のことを考えているような脳内ピンク色の男子のほうがどちらかと言うと苦手だった。
「れいちゃん、だいじょぶー?」
「あれ、ユキ寝てたんじゃないの?」
「宮内のあの威勢の良い声で嫌でも起きちゃったよー」
「そっか、なんかごめんね」
「ユキちゃんは別に大丈夫だよー。むしろ、断ってくれてよかったー」
「どうして?」
「だって、宮内とか男子としゃべった後のれいちゃんって、なんかいっつも辛そうな顔してるからさー。シンユウとしてはちょっと心配になるわけですよー」
「え、そんな顔してる?」
「うん、してるしてるー」
ーーいや、辛そうって言うよりはGを見た時みたいな忌避感でいっぱいな顔っていうか……。
そ、そうなんだ……。
親友からの意外な指摘に、少し動揺してしまう。
あたし、顔に出ちゃってるのか……。上手くやってるつもりだったんだけどなぁ。
三年間の高校生活を平穏にやり過ごすためには、当たり障りのない人間関係を築いていくのが必須条件。
敵をつくってはいけないし、集団からはみ出してしまうのもダメ。
クラス内で目立つグループの子たちとも、反対に目立たない地味なグループの子たちとも、つかず離れずの距離を保っていく。
そうやって、卒業まで波風たてずにのらりくらり過ごしていけば……。
あれ? 卒業したあと、あたしは何になるんだろう?
そう言えば進路について深く考えたことってなかったな。
世間のテレパシストたちは、どんな仕事をしているんだろう。今度調べてみよう。
その後、担任が教室へやってきて、ホームルームが始まった。
ホームルームが終わり、休み時間に突入するとクラス内が何やらざわめき始めた。
「いかにも清楚って感じのさ、可愛い子らしいぜ」
「すっごく美人なんだってー!」
「大丈夫、絶対ユウナのほうが美人だって」
「へえー、私も後で見に行ってこようかな〜」
ーーつーか、このクラスの女子ってレベルは高いんだけど俺好みの清楚系女子が居ねえんだよな。
ーーま、どんなに美人な子が来ようが私には負けるんだろうけどっ。
ーーまたユウナのご機嫌をとる日々が始まるのかぁ〜。なんでこんな変な時期に来ちゃうかなぁ転校生……。
ーーぶっちゃけ転校生とかどうでも良いし。早く帰ってゲームしたい。
クラスメイトたちが実際に発している言葉と、その心の声が入り乱れ、耳と頭の中がキンキンする。うるさい。身体を動かしているわけでもないのに、ひどく疲弊する。
「およ、れいちゃんどしたのー?」
「ちょっとトイレ」
「そっかー、いってらしゃーい」
休み時間は残り少なかったけれど、少しでも静かな場所へ行って一度心を落ち着かせたかった。
教室を出ると、隣のクラスの前に人だかりができていた。なるほど、転校生が来たっていうのはこのクラスの話だったのか。
騒々しい廊下を早歩きで進み、逃げるようにトイレの個室へ入る。
全く何も聞こえてこないわけではないけれど、ここなら教室の中に居るよりはよっぽど静かで、休むことができる。
チャイムが鳴るギリギリまで、あたしは一人トイレの中で過ごすことにした。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。