第21話
第四章
~退屈少女はこの世界に絶望する~
七月の第三月曜日。
通称海の日。
なんでも、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨としているらしい。
ちなみにだが、世界の国々の中で『海の日』を国民の祝日としている国は、日本だけだとか。
それを聞くと、日本は大丈夫なのかと心配になってこなくもない。
そんなどうでもいい豆知識を頭の片隅で思い出しながら、俺は必死に自転車をこいでいた。
目的地は、先日の不思議探索(今更だが、この単語は使っていいのだろうか?)の時にも集合場所としていた桜花駅。
「くそ……一時間二百円ってぼったくりだろ」
なんてことをぼやきつつ、駅前にある有料の自転車置き場に愛車を停めた後、駅前を見回す。
人は多かったが、幸いなことに、宮原は直ぐに見つけることができた。
「宮原!」
ベンチに座っていた宮原に声をかける。
「……恭介くん」
宮原の顔からはいつもの元気がまったく感じ取れなかった。
「桐野が行方不明って、どういうことなんだよ?」
挨拶もなしに、宮原から送られてきたメールの内容について訊ねる。
『紗奈が行方不明になっちゃったの』
そんな内容のメールを見せられたんだ。焦るのも当然だろう?
「うん、実はね」
宮原は、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
やっぱり、その声からもいつもの元気は感じ取れない。
「昨日の夜、紗奈のお母さんからうちに電話があったの。『うちの紗奈がおじゃましてませんか?』って」
「ああ。そんで?」
「うん。詳しく聞いたらね、紗奈は一昨日から家に帰ってないみたいなの。一応、幼馴染みだったから、うちに電話したんだろうね」
「一昨日……」
非日常を探して、街を歩き回ってた日だな。
「それでね、紗奈は書置きを残してたみたい。『少し家を空けます。心配しないでください』って内容の」
「……ってことは、家出ってことか?」
「うん。多分」
「……はぁ~」
安堵のため息が漏れる。
「行方不明っていうから、てっきり拉致でもされたのかと思ったぞ」
「……ごめん。でも、二日も家に帰ってないんだよ?」
「……まあ、それは心配だわな」
友達がいないらしい桐野には、泊めてくれるような知り合いもいないだろうし。もしかして、寝床を得るためにいかがわしいことを――
……まさかな。
「親戚の家とかも、一通り当たってみたらしいんだけど、どこにもいないんだって。警察に連絡する、みたいなことも言ってた」
「…………」
警察に連絡。
それは、あまり喜ばしいことじゃない。
大事になったら、俺たちの部活が創部されることは、なくなるだろう。たとえ生徒会長と副会長の助力があったとしても。
もちろん、桐野のことも心配だ。警察に連絡したほうがいい事態に陥っているかもしれない。
だけど、もしその結果、部活ができなくなったなんてことになったら、一番傷つくのは桐野じゃないか?
短い付き合いだけど、俺にはわかる。
あいつは、装ってはいるが、利己的な人間じゃない。
根本は、利他的な人間だから。
「桐野の行きそうな場所、わかるか?」
だからこそ、俺は作りたい。
部活を。
桐野が望む、非日常を見つける部活を。
「……うん!」
俺の気持ちが通じたのか、宮原は頷いた。
「村上と仙堂院にも声をかけとくか。この際、人手は多い方がいいだろ」
「そうだね。あたしはリアちゃんに電話するから、恭介くんは」
「了解。村上に連絡する」
あんまり電話したくないけどな。
ポケットから携帯電話を取り出し、村上に電話をかける。
『もしも~し……どした~』
数回のコールの後、気だるそうな声の村上が電話に出た。
「実は……」
事の次第を、村上に報告する。
『……わかった、すぐ行く』
久しぶりに聞いた、村上の真剣な声色。
こういう緊急事態の時のこいつは、案外頼りになる。
それから十分ほどで、村上が姿を現した。
急いできたのか、服装はこの前の気合の入りすぎた格好ではなく、普通のカジュアルな格好。
「桐野が家出したって本当かよ?」
「ああ、みたいだ」
「なら、こんなとこにいないで探そうぜ!」
「待てって。もう仙堂院が来るから、話はそれからだ」
「っ! でもよ!」
「焦る気持ちもわかるけどよ、一旦落ち着けって。手分けして探したほうが、効率もいいだろ」
俺だって、本当なら今すぐ桐野を探して町中を走り回りたい。
「……わぁったよ」
しぶしぶ落ち着く村上。
こいつがこんなに焦っているのは、桐野が心配だからだろう。
普段あれだけ色々と言ってくるやつの心配をするなんて、やっぱり村上はどうしようもなくいいやつだ。
それから数分後。
仙堂院が来たところで、現状確認をする。
「あたしが昨日探したのは、南側にある紗奈の家の周辺だよ」
駅前にでかでかと置いてある、この街の地図。
それを見ながら、宮原が言う。
「紗奈のご両親も、南側はあらかた探したみたい」
今日宮原にいつもの元気がなかったのは、昨日桐野のことを探し回ったからだったのかもしれない。
いや、きっとそうだろう。
「つーことは、南以外を探せばいいんだな」
「だな」
「そうなると、一番可能性がありそうなのは、繁華街がある北側、かなあ」
「……まあ、たしかにそう思えなくもないが」
「よし! ここには四人いることだし、西側と東側を一人ずつ、北側を二人が担当ってことにするか」
俺の提案に、三人が頷く。
簡単な話し合いの結果、この辺りの地理に詳しい俺と、やはり昨日夜通しで桐野を探していたらしい、体力の残り少ない宮原の二人が北側を、仙堂院、村上がそれぞれ西側と東側を担当することになった。
とりあえず、なにかあったら携帯に連絡を入れることと、六時に一旦この場所に集まることを決め、俺たちは桐野捜索を始めた。
「なあ、なにか思い当たるようなことはないのか? 例えば、桐野が行きそうな場所とか。なんだっていいんだ」
人ごみを掻き分けながら繁華街で桐野を探し回る俺と宮原。
当てもなく探すのは無理があるので、宮原に心当たりを訊ねる。
「……わからないの。昨日、紗奈を探してるときからずっと考えてるんだけど、あたしには思い当たらないの……」
ギリッと歯を噛み締める宮原。
「……なにが親友だよ。あたし、結局紗奈のこと助けてあげられない……今も、あのときも……」
「…………」
なにかフォローを入れようと思ったが、言葉が出てこない。
「……とにかく、走り回るしかないだろうな」
独り言のように、俺はそう呟いた。
~退屈少女はこの世界に絶望する~
七月の第三月曜日。
通称海の日。
なんでも、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨としているらしい。
ちなみにだが、世界の国々の中で『海の日』を国民の祝日としている国は、日本だけだとか。
それを聞くと、日本は大丈夫なのかと心配になってこなくもない。
そんなどうでもいい豆知識を頭の片隅で思い出しながら、俺は必死に自転車をこいでいた。
目的地は、先日の不思議探索(今更だが、この単語は使っていいのだろうか?)の時にも集合場所としていた桜花駅。
「くそ……一時間二百円ってぼったくりだろ」
なんてことをぼやきつつ、駅前にある有料の自転車置き場に愛車を停めた後、駅前を見回す。
人は多かったが、幸いなことに、宮原は直ぐに見つけることができた。
「宮原!」
ベンチに座っていた宮原に声をかける。
「……恭介くん」
宮原の顔からはいつもの元気がまったく感じ取れなかった。
「桐野が行方不明って、どういうことなんだよ?」
挨拶もなしに、宮原から送られてきたメールの内容について訊ねる。
『紗奈が行方不明になっちゃったの』
そんな内容のメールを見せられたんだ。焦るのも当然だろう?
「うん、実はね」
宮原は、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
やっぱり、その声からもいつもの元気は感じ取れない。
「昨日の夜、紗奈のお母さんからうちに電話があったの。『うちの紗奈がおじゃましてませんか?』って」
「ああ。そんで?」
「うん。詳しく聞いたらね、紗奈は一昨日から家に帰ってないみたいなの。一応、幼馴染みだったから、うちに電話したんだろうね」
「一昨日……」
非日常を探して、街を歩き回ってた日だな。
「それでね、紗奈は書置きを残してたみたい。『少し家を空けます。心配しないでください』って内容の」
「……ってことは、家出ってことか?」
「うん。多分」
「……はぁ~」
安堵のため息が漏れる。
「行方不明っていうから、てっきり拉致でもされたのかと思ったぞ」
「……ごめん。でも、二日も家に帰ってないんだよ?」
「……まあ、それは心配だわな」
友達がいないらしい桐野には、泊めてくれるような知り合いもいないだろうし。もしかして、寝床を得るためにいかがわしいことを――
……まさかな。
「親戚の家とかも、一通り当たってみたらしいんだけど、どこにもいないんだって。警察に連絡する、みたいなことも言ってた」
「…………」
警察に連絡。
それは、あまり喜ばしいことじゃない。
大事になったら、俺たちの部活が創部されることは、なくなるだろう。たとえ生徒会長と副会長の助力があったとしても。
もちろん、桐野のことも心配だ。警察に連絡したほうがいい事態に陥っているかもしれない。
だけど、もしその結果、部活ができなくなったなんてことになったら、一番傷つくのは桐野じゃないか?
短い付き合いだけど、俺にはわかる。
あいつは、装ってはいるが、利己的な人間じゃない。
根本は、利他的な人間だから。
「桐野の行きそうな場所、わかるか?」
だからこそ、俺は作りたい。
部活を。
桐野が望む、非日常を見つける部活を。
「……うん!」
俺の気持ちが通じたのか、宮原は頷いた。
「村上と仙堂院にも声をかけとくか。この際、人手は多い方がいいだろ」
「そうだね。あたしはリアちゃんに電話するから、恭介くんは」
「了解。村上に連絡する」
あんまり電話したくないけどな。
ポケットから携帯電話を取り出し、村上に電話をかける。
『もしも~し……どした~』
数回のコールの後、気だるそうな声の村上が電話に出た。
「実は……」
事の次第を、村上に報告する。
『……わかった、すぐ行く』
久しぶりに聞いた、村上の真剣な声色。
こういう緊急事態の時のこいつは、案外頼りになる。
それから十分ほどで、村上が姿を現した。
急いできたのか、服装はこの前の気合の入りすぎた格好ではなく、普通のカジュアルな格好。
「桐野が家出したって本当かよ?」
「ああ、みたいだ」
「なら、こんなとこにいないで探そうぜ!」
「待てって。もう仙堂院が来るから、話はそれからだ」
「っ! でもよ!」
「焦る気持ちもわかるけどよ、一旦落ち着けって。手分けして探したほうが、効率もいいだろ」
俺だって、本当なら今すぐ桐野を探して町中を走り回りたい。
「……わぁったよ」
しぶしぶ落ち着く村上。
こいつがこんなに焦っているのは、桐野が心配だからだろう。
普段あれだけ色々と言ってくるやつの心配をするなんて、やっぱり村上はどうしようもなくいいやつだ。
それから数分後。
仙堂院が来たところで、現状確認をする。
「あたしが昨日探したのは、南側にある紗奈の家の周辺だよ」
駅前にでかでかと置いてある、この街の地図。
それを見ながら、宮原が言う。
「紗奈のご両親も、南側はあらかた探したみたい」
今日宮原にいつもの元気がなかったのは、昨日桐野のことを探し回ったからだったのかもしれない。
いや、きっとそうだろう。
「つーことは、南以外を探せばいいんだな」
「だな」
「そうなると、一番可能性がありそうなのは、繁華街がある北側、かなあ」
「……まあ、たしかにそう思えなくもないが」
「よし! ここには四人いることだし、西側と東側を一人ずつ、北側を二人が担当ってことにするか」
俺の提案に、三人が頷く。
簡単な話し合いの結果、この辺りの地理に詳しい俺と、やはり昨日夜通しで桐野を探していたらしい、体力の残り少ない宮原の二人が北側を、仙堂院、村上がそれぞれ西側と東側を担当することになった。
とりあえず、なにかあったら携帯に連絡を入れることと、六時に一旦この場所に集まることを決め、俺たちは桐野捜索を始めた。
「なあ、なにか思い当たるようなことはないのか? 例えば、桐野が行きそうな場所とか。なんだっていいんだ」
人ごみを掻き分けながら繁華街で桐野を探し回る俺と宮原。
当てもなく探すのは無理があるので、宮原に心当たりを訊ねる。
「……わからないの。昨日、紗奈を探してるときからずっと考えてるんだけど、あたしには思い当たらないの……」
ギリッと歯を噛み締める宮原。
「……なにが親友だよ。あたし、結局紗奈のこと助けてあげられない……今も、あのときも……」
「…………」
なにかフォローを入れようと思ったが、言葉が出てこない。
「……とにかく、走り回るしかないだろうな」
独り言のように、俺はそう呟いた。
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