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俺と彼女の退屈な日常

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 山科
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第20話

 有名ファミリーレストランで、ウェイトレスが軽く引くくらいの騒がしい昼食。
 それは時間を忘れるほど楽しいもので、気付けばもうすぐ三時。俺たちは、再び二手に分かれて街を探索することになった。
 ちなみに、宮原、仙堂院、村上のグループも、これといって面白いものを見つけられなかったらしい。
 まあ、当然といえば当然だが。
 そんなわけで、再び村上のトランプによるグループ分けが行われた。
 その結果――
「じゃあ行こっか♪」
「ああ」
 宮原と二人きりで街を歩き回るというシチュエーションを獲得した。
 村上と、なぜか仙堂院までもが俺のことを睨んでいたが、そんなことは気にしない。
 宮原みたいな美少女とデートなんて、一生に一度あるかないかのことだからな。
 ジャンケンの結果、俺と宮原が桜花高校がある、自然に囲まれた西側を、桐野と仙堂院、おまけに村上の三人が、高級住宅街がある東側を捜索することになった。
「そういえば、さっきは紗奈とどんなところに行ってたの?」
 緩やかな坂道を宮原と二人で登っていると、宮原がそんなことを訊ねてきた。
「ああ。……怒るなよ?」
 非日常を探さずにゲームセンターにいたなんて言ったら、さすがに温厚そうな宮原でも怒るかもしれないから、一応念を入れておく。
「へ? うん、怒んないよ」
 宮原がそう言ったのを確認してから、
「実は、ずっとゲーセンにいたんだ」
 そう恐る恐る告げる。
「ゲームセンター?」
「ああ」
「……ほんとに?」
「……ほんとに」
「……ほへぇ~。あの紗奈がねえ」
 驚いた様子の宮原。
「どういうことだ?」
「いや、紗奈がゲームセンターに行くとこ、想像できなかったから」
「……まあ確かに。そういえば、桐野はゲーセンに行くの今日が始めてだって言ってたぞ」
「ふうん……じぃー」
 真剣な表情で、俺のことを見つめる宮原。
 宮原の顔が、徐々に俺の顔に近づいてくる。
 その大きい栗色の瞳に吸い込まれそうな気がして、俺は目を逸らした。
「なんで目を逸らすかなぁ?」
「うっ……いや……恥ずかしくて」
「そっか。んん~……」
 顔を離した後、唸り声を上げる宮原。
 どうやら、なにか考えているようだ。
「うん! 決めた!」
 パンっと、両掌を合わせる宮原。
「恭介くん。あたし、ちょっと行きたいところができたんだけど、いいかな?」
「あ、ああ」
 断る理由もないので、俺は宮原の行きたいところとやらに付いて行くことにした。


 宮原の行きたいところとは、桜花高校と桜花駅のちょうど中間地点にある、そこそこ大きな公園だった。
 公園と言っても、子供が遊ぶ遊具の類はなく、あるのはいくつかのベンチと自動販売機だけ。
 このあたりでは、有名なデートスポットだったりする。
 夜になると、学生のカップルやら、仕事帰りであろうスーツ姿のサラリーマンと女性のなにやら怪しいカップルやらが大勢たむろう。
 桜花高校に入学したての頃、村上に連れられて草陰からカップルたちにゴミを投げていた(もちろん俺はやってない)ことは、今ではいい思い出だ。
「ほい。朱音ちゃんのおごりだぞ♪」
「サンキュ」
 ベンチに座ったまま。宮原の白く小さな手からアイスコーヒーを受け取る。あんまり好きじゃないんだけどな、コーヒー。
「よいしょっと」
 俺の横に勢いよく腰掛ける宮原。
「飲まないの?」
「それじゃ、もらうよ」
 黒く苦いコーヒーを啜るように飲む。うん、苦い。
「んで、なんでここに来たかったんだ?」
 周囲には、俺たち以外だれもいない。
 こんなクソ暑い中、ベンチと自動販売機以外何もない公園で時を過ごそうと考えたのは、どうやら俺たちだけらしい。
「うん。別にここじゃなくたってよかったんだけどね。喫茶店とかでも。でも、一応は非日常を探さなきゃだし」
「…………」
 すみません。自分ゲーセン行ってました。
「ここに来たのは、ベンチがあったからだよ。ゆっくり話したかったしね」
「話?」
「うん。大事な話だよ」
「…………」
 ごくり、と生唾を飲み込む。
 大事な話?
 駄目だ! ここが有名なデートスポットってこともあってか、俺の低偏差値の脳内では『大事な話』=『告白』という式しか成り立たない!
「……なんだよ。大事な話って」
 少し呼吸を落ち着かせた後、宮原に訊ねる。なんとか冷静にいきたいところだ。
「うん。実は紗奈のことなんだけどね」
 …………。
 …………。……あれ?
 なんか、前にもこんなことなかったか?
「……桐野のこと?」
 落ち込んだのを覚られないよう懸命に隠す。バレてないよな?
「うん」
 どうやら、バレてないらしい。
 内心ほっと安堵のため息をつきながら、宮原の話に真剣に耳を傾ける。
「……あたし、一応紗奈の幼馴染みで、親友のつもりなんだけどね? 紗奈は、そうじゃないみたいなんだ」
「…………」
 そんなことはないと言おうと思ったけど、話の腰を折ることになりそうなので、やめておく。
「昔から、紗奈は人付き合いが苦手みたいで、いっつも一人でいたの。紗奈もそれを望んでいたみたいだけどね」
 桐野が人付き合いが苦手だということは、なんとなく想像がつく。
 いつだったか、友人と呼べる人間がいないんだ、なんてことを言っていたくらいだし。
「それでも小学三年生くらいまでは、少し人付き合いが苦手な、普通の女の子だったんっだよ。多少なりとも友達はいたし、みんなでよく鬼ごっこやかくれんぼをして遊んでた。今の紗奈からは想像できないくらいの笑顔を浮かべることもあったんだよ?」
「…………」
「でもね、ある日、そんな日常も終わったの」
 ……なんとなく、その理由には察しがついた。

「いじめ、だよ。ほんの些細なことで、紗奈はクラスのみんなから敵にされたんだ」

 宮原の声が、少し小さくなる。
 話したくないことを、無理矢理話すように見えた。
 でも、俺はそんな宮原を止めることはできなかった。
 今、宮原を止めることは、宮原が必死に出した勇気を、踏みにじってしまうことになるだろうから。
「それから、紗奈は孤立していった。もともと人付き合いが苦手っていうこともあったから、クラスメイトとの関係が修復されることもなかったみたい」
 結ぶよりも解くほうが簡単で、作るよりも壊す方が難しい。
 それは、人間関係にも言えることだ。
「それから、かな。紗奈が、少し変わったのは。時間があれば屋上で空を見上げたり、教室で変な実験したり、なんてこともあった。今思えば、あれは非日常を探していたってことなんだろうね」
 そこまで言うと、宮原は沈黙した。
 俺は、宮原が続きを話しだすのを待っていたが、宮原は俯いたまま。一向に話し出す気配を見せない。
「……それで?」
 仕方なく、俺は口を開く。
 桐野の過去は、わかった。
 それが、どれだけ辛かったか。
 多分、俺の想像を上回るくらいだろう。
 でも――
「それで、宮原は俺にどうしてほしいんだ?」
 それを知ったところで、俺には同情することしかできない。
 でも、桐野はそんなの望んでいないだろう。多分、宮原も。
「……なを……け……の」
 身体を少し震わせながら、宮原が何かを言った。
 その声は、あまりに小さすぎて聞こえない。
 膝の上に置かれた宮原の手が、ぎゅっと、握りこぶしを作る。

「……紗奈を……助けてほしいの。あたしじゃ……無理だった……今の紗奈を助けられるのは、恭介くんしかいないの……」

 もう一度、今度は聞き取れるくらいの声で、宮原は言う。
 上げた顔は、今朝までのプリティーでキュートなフェイスではなかった。
 親友のことを思う、真剣な、真剣すぎるほどの顔。
 瞳には、涙が浮かんでいる。
「…………」
 それでも、俺は『任せとけ!』とか、『君の願いは聞き遂げるよ。キリッ!』なんて漫画やライトノベルの主人公のようにカッコイイことは言えなかった。
 だって、俺に何が出来ると言うのだ。
 俺は、どこにでもいるような普通の男子高校生なんだ。
 結局、
「……できる限りのことはする」
 という、なんとも頼りない言葉しか言えなかった。
 それから、さっきまでのが嘘だったかのように笑顔を浮かべる宮原とともに、周辺を歩き回った後、俺たちは待ち合わせ場所に向かった。
 そこには、疲れ果てた仙堂院と村上、それらとは正反対にまったく疲れを感じさせない桐野の姿が。
 時間が時間なだけに、今日はそこで解散。
 三連休の残り二日は、各々が非日常を探すこととなった。実質休みみたいなものだ。
 桐野たちと別れた後、俺と村上は、一度家に帰り、再度桜花駅前に集合した。
 既に桜花駅で待っていたクラスメイト数名(男・彼女持ち)と共に、近くのカラオケ店に向かう。
 そこで、『ドキッ! 男だらけのオールナイトカラオケ大会! ポロリもあるよ?』が、開催された。
 そんな感じで早朝六時までカラオケ、その後有名ハンバーガーチェーン店で昼まで談笑し、それから帰宅した。
 汗をシャワーで流した後、ベッドで横になりながら今日……いや、昨日か。昨日の宮原との会話を思い出しながらどうしようかと考えていたはずが、気付いたら翌日の昼だった。どうやら熟睡していたらしい。
 目をこすりながら、枕元に置いてある携帯電話を開いて時刻を確認した俺は、心底驚いた。
 ディスプレイに表示されている十三時二十八分という時刻に、ではない。
 昨夜に届いたらしい、宮原からのメールの内容に、だ。
 いろいろな憶測が脳内を飛び交う中、ベッドから飛び起きた俺は、急いで宮原に電話をかけた。







 どうやら、桐野が行方不明になったらしい。




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