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俺と彼女の退屈な日常

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 山科
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第2話

「ったく」
 教室を出た後は、中庭にある自販機コーナーに来ていた。
 ガチャコン、という小気味のいい音と共に、オレンジジュースが落付いて行くる。
 俺はそれを取り出すと、プルタブを空け、口元に近づける。
 甘酸っぱいオレンジジュースの味が、口に広がっていく。
「ぷはぁ」
 と息を吐き、空を見上げた。
「彼女、ねえ」
 興味がないわけではなかった。俺だって、高校生なのだ。
 性欲が抑えきれなくなるような時もあるし。彼女を作って、楽しいスクールライフを満喫したい気持ちは、もちろんある。
 でも、付き合いたい、と思う相手がいなかった。
 多少の負け惜しみは入っているかもしれないが、それでも俺は、今まで生きてきた人生の中で、恋というものをしたことがなかった。……興奮することはあったが。まあ、それはいい。
 こんなこと今の世の中では流行らないのかもしれないが、それでも俺は、お互いに好きあっている人としか、付き合ったりはしたくなかった。
「はぁ」
 と、ここで軽く自己嫌悪する。何を考えているのだろう、俺は。
 これもあの村上(バカ)のせいだ。あいつには、帰りに何か奢らせることにしよう。
「……ん?」
 そんなことを考えていると、視界の端に一人の少女が映った。
 屋上の真ん中で、空を仰いでいる少女の姿。
「…………」
 何を、しているのだろう?
 気付くと、俺の足は勝手に屋上へと歩を進めていた。



 屋上へと続く鉄製の扉を開ける。
 出迎えたのは、どこまでも続く青空と、心地よい風と、そして、空を仰ぐ一人の少女。
 そんな光景を見て、俺は思わず絶句した。
 ――なんて、綺麗なんだろう。
 夕焼けも、月や星の明かりもない。
 ただ青い空の下にいる。それだけなのに。
「人のことをジロジロと見るのは、あまりいい趣味とは言えないな」
 そんな少女に見惚れていると、不意に、少女は空を仰ぎながら、そう言った。
 どうやら、俺に気づいていたらしい。
 多分、鉄製の扉を開ける時に、ギィーっという音が鳴っていたから、それで気付いたんだろう。
「あ、いや、悪い」
「……別に、構わないさ」
 そこまで言うと、少女はくるりと方向転換し、俺の方を向く。
 整った顔立ちに、雪のように白い肌。目を瞠るほどの美少女だった。
 でも、どこか寂しげに見える。
「でも、私のことなんか見ていてもつまらないだろう?」
 腰のあたりまで伸びたつややかな黒髪を、風に靡かせながら言う彼女。
「そんなこと、ない」
 そんな彼女の問いに、間髪いれずに、気付けば俺はそう答えていた。
「…………」
 そんな俺の言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする少女。
「……あ」
 って、今の台詞、聞き方によっては『君のことを見ていると楽しい』ってことになるんじゃないか?
「う……わ、悪い」
 なんとも言えない気分になって、少女から顔を背ける。
「…………」
「なんだよ?」
「……っぷ、あははは!」
「へ?」
 なんか、すごい笑われた。
 少女の方を見ると、腹を抱えて大爆笑している。瞳からは涙が流れていた。
「ふふっ……いや、すまない。まさかいきなりそんなことを言われるとは、思いもしていなかったから」
 落ち着いたところで、少女は涙を拭い、口を開いた。
「うっ、すまん」
「いや、いいさ。私も笑いすぎた」
 ばつの悪そうな顔をして、少し顔を逸らす少女。
 それから、少しの沈黙をはさんだ後、少女は真剣な表情で、こう訊ねてきた。
 その問いは、俺を驚かせるのには充分過ぎるほどのもので。実際に、この時の俺の顔は、まるで浮気がばれた時の夫のような顔をしていたことだろう。……たとえが分かりづらいだろうか?

「君は、幽霊や、サンタクロースや、宇宙人を信じているんじゃないか?」



 昼休みに出会った、一人の少女。
『君は、幽霊や、サンタクロースや、宇宙人を信じているんじゃないか?』
 そんな問いかけをしてきたせいか、俺はあれからずっとあの少女のことが気になっていた。
 なぜ、あんなことを聞いてきたのか。
 確かに、何気ない普段の会話で、『お前、幽霊信じる?』なんてことを聞いたりすることはあるかもしれない。
 でも、さっきの少女は、そんな雰囲気じゃなかった気がする。表情も、あんなに真剣だったし。
 結局、あの後すぐに昼休み終了のチャイムが鳴り、少女が屋上から去ったために答えることができなかったが。
 そういえば、名前も、学年も、クラスも、何も聞いてなかった。少し、後悔する。
「きょーすけー!」
 放課後。そんなことを考えながら教科書などを鞄に詰めたりと、帰り支度をしている最中、村上が近寄ってきて声をかけてきた。
「ん? どした?」
「いやさ。オレ、考えたんだ」
「? 何をだ?」
「オレに、なんで彼女ができないか、ってことだよ」
 心底どうでもよかった。
「まず、オレの容姿なんだが」
 村上を無視し、帰り支度を再開する。
 そんな俺の様子を気にも留めないで、村上は喋り続けた。
「完璧、なんだよな」
「どこがだよ!」
 思わずツッコんでしまった。
「どこがって、んなの、全てに決まってるだろ」
「…………」
 呆れて、言葉がでなかった。村上は、さらに話し続ける
「甘いフェイス、174センチの身長、長い足。どっからどう見ても美少年じゃないか!」
 くどいフェイス、174センチの身長、短い足。の間違いじゃないのか?
「そして、オレには女の子の心をガッチリ掴んで離さないトーク術がある。他にもオレのハイスペックのところを紹介したいところだが、今は割愛させてもらうぞ。ま、とにかくだ。なんでオレに彼女ができないと思う?」
「キモいから」
「き、キモ!? キモくなんかねえよ!」
「じゃ馬鹿だから」
「馬鹿じゃ――いや、確かに成績はよくねえけど、それは関係ねえだろ!」
「じゃ村上だから」
「それはどうしようもなくねっ!?」
「はいはい。さて、帰ろうぜ」
 叫ぶ村上を尻目に、俺は鞄を持って教室を後にする。
「……最近、恭介はオレに冷たすぎると思うんだ」
 小さく呟きつつ、村上は俺の後に付いてくる。
「ま、オレのことは置いておくとして、恭介は誰か好きな奴とかいねえの?」
 学校を出た後。
 俺たちが通う公立桜花高校は、小高い山の上に建てられた学校のため、自然に囲まれていた。
 木々に見下ろされている中、自宅までの道程を少しずつ消化していると、村上がそんなことを訊ねてきた。

「好きな子、ねぇ」
 脳裏に浮かんだのは、今日の昼休みに出会った少女。
 端正な顔立ち、彼女の白い肌、風に靡く綺麗な黒髪。
 その全てが、頭の中に鮮明に甦ってくる。
「お、その反応は……お前、もしかして好きな子いんのか?」
 にやにやと、顔を覗き込んでくる村上。若干イラッとする。
「いや、好きっていうほどじゃねえと思うんだが……」
「んだよ、つまんねえ。んじゃさ、昨日の深夜アニメ見たか? 当然『俺の姉貴がこんなにエロいわけがない!』のことな? いやぁ~マジ可愛いのな~」
 急な話題転換。いつもは殺したいほどむかつくが、今は、それがありがたかった。

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