第16話
七月十七日。土曜日。
昨夜に桐野からメールがあり、俺たちは今日集まることになっていた。
部活申請書に書くために、何かしら活動をするんだろう。
めずらしく休日に早起きできた俺は、のんびりと歩きながら、待ち合わせ場所である桜花駅へと向かう。
桜花駅は、この桜花市の中心にある中規模の駅で、休日にはそこそこ人の姿が見られた。
「……暑い」
そんな駅前にある、少しばかり緑が植えられた改札口前の広場。
そこのベンチに腰掛けながら、嫌というほどの熱を発する太陽を見上げて、俺は呟いた。
地球温暖化のせいか例年より数度高い気温。そのせいで、俺の身体を伝う汗も例年より多い気がする。いや、まあ毎年の汗の量なんて覚えてないんだけどね。
「……うぅ……あぅあ……」
隣に座る仙堂院は、暑さからかまともな言葉さえも発しない。
私服姿の仙堂院は、白いワンピースといい、麦わら帽子といい、それはもうお持ち帰りしたくなるほどの可愛さなのだが、ゾンビのようなうめき声が、その可愛さを台無しにしていた。
「あぅ……ましろ、きょ~すけぇ~……うちわで、ワタシをあおぐんだ……」
「へいへい」
いつもなら嫌だと言って断るのだが、さすがに今の仙堂院の姿を見ていたらかわいそうになってきていた。
先ほど近くで奇麗なお姉さんに貰ったうちわで、仙堂院に風を送る。
「うみゅ……ねっぷうがぁ~」
どうやら風が熱かったらしい。
「ならやめるか?」
「うみゅう……つづけてくれぇ~」
「ほいさ」
言われた通り、俺は絶えずうちわで風を送り続けた。
「うぅ……他の連中はまだなのかぁ~」
「わかんねえ。村上からは、『もうすぐ着くから待っててくれよ、絶対待っててくれよ!』っていうメールが来たけど」
「おぉ、それは俗に言う『おやくそく』というやつだな。本当は、先に行っててくれよって意味なのだろう? テレビで見たぞ」
「いや、これはあの馬鹿の本音だろうな」
「そうなのか?」
「ああ」
「ふむぅ……日本の文化は難しいな」
少しずつ体力が回復してきた様子の仙堂院。
そんな感じで、仙堂院との閑談に花を咲かせていると、遠くから手を振って近づいてくる一人の少女が見えた。
「ごめんごめん。待たせちゃったかな?」
現れたのは、少しばかり息を乱している宮原だった。
ロングのTシャツにミニスカートという、そこらへんにいくらでも転がってそうな格好に身を包みながらも、そのアイドル級の素材のおかげで、周囲の女性とは一線を画していた。
それに、今日の宮原の髪型は、普段学校で見るツインテールではなく、ポニーテールにしていた。それもまた新鮮だ。
なんていうか、うん、可愛い。
「どうしたの? あたしのことじろじろと見ちゃって。もしかして、見惚れてたのかな?」
「う……ああ、正直見惚れてた」
「わっ。そう言われると、照れちゃうなぁ。ありがと♪」
にへへ、とでも効果音がつきそうな笑顔を浮かべる宮原。
「そいえば、紗奈と村上くんは?」
「まだ来てないな」
「ふ~ん……まあ、まだ待ち合わせの時間にはちょっとあるからね」
ちらりと時計を確認する。
たしかに、現在の時刻はだいたい九時五十分。約束の十時まではまだ数分ある。
「だな。まあ、村上はともかく、桐野は遅刻なんかしないだろうからな。のんびり待とうぜ」
言いながら立ち上がり、俺が今まで座っていたベンチを宮原に譲る。
「お、ありがと~♪ 気が利くね、恭介くん。女の子にモテるでしょ?」
「いんや、これっぽっちも」
「あはは♪ そかそか」
「宮原こそ、男子にモテるだろ?」
「ううん、そんなことないよ」
「でも、ちょいちょい告白とかされるだろう?」
「あはは……まあ、ね。でも、告白なんてされても、それほど嬉しいものじゃないよ? 断るときは、どうしたって罪悪感に満たされるし。……結構、辛いんだよ」
「……悪いな。変なこと聞いちまった」
「……ううん、べつにいいよ。村上くんだったら、許さなかっただろうけど」
「オレの扱い酷すぎませんかねっ!?」
「あ、来たのか、村上。帰れ」
「なんでだよっ!? 今来たばっかりなんだぞ!」
いつの間にか俺の背後に立っていた村上。
そんな村上の服装については、誰も得しないので言わない。まあ、気合の入りすぎた格好とだけ言っておこう。
「今日も可愛いね、朱音ちゃん。リアちゃんも、綺麗だよ」
「あはは……ありがと」
「貴様に褒められても嬉しくないわ」
「ぐすん……泣いてなんかないんだからねっ! ……ってあれ? 桐野は?」
「ああ、まだ来てないな」
「ま、朱音ちゃんとリアちゃんがいれば、桐野なんてどうだっていいんだがな。むしろ来んな」
「……すまないな。もう来てしまった」
「うほぉう!?」
気配もなく背後から現れたのは、なんというか……そう、ボーイッシュな格好の桐野だった。
ノースリーブのシャツに、ジーンズ。可愛い系というよりも美人系というべきであろう桐野の整った顔立ち。腰付近まで伸びた黒髪がもっと短いものだったら、きっと美少年にも見えただろう。
「さて、ワタシが来なければいいとかいう馬鹿の声が聞こえたんだが。馬鹿、なにか釈明は?」
「申し訳ございません!」
「速攻で土下座したっ!?」
村上の姿が見えなくなったと思ったら、コンクリートに額をぴったりとつけながら土下座していた。
こいつにはプライドっていうものはないのか?
「恭介。男ってのは、プライドを捨てるべき生き物なんだぜ? さあ、お前も一緒に土下座しよう」
「なんでだよっ!」
「さてと。皆、待たせたみたいだね。悪かった」
土下座している村上を無視して、話を続ける桐野。
「ううん。あたしもさっき来たところだよ」
「ワタシはかなり待った。後で紅茶でも奢ってもらおうか」
「ああ、わかった。後ほどそこで土下座してる馬鹿の財布から奢らせよう」
「ちょっと待てっ! なんでオレが奢んなきゃ――」
「ほう? 馬鹿は女性である私に払わせる気か?」
「さいてーだね、村上くん」
「クズだな」
「もう帰れよ」
「ぐすん……俺の味方はいないんですか? わかったよ、払うよ! 考えてみれば、これはデートみたいなもんだからな。俺が奢るのも当然か」
「あ、財布だけ置いて、馬鹿は帰ってもいいぞ?」
「……うわぁー人生ってクソゲー」
どこか達観したような表情を見せる村上。
そんな村上を無視して、桐野は話を進める。
「さて、とりあえずこうして集まったわけだけど……これからどうする?」
「あたしは、部長の紗奈に任せるよ」
「俺も同じく」
「ワタシは、とりあえず涼しいところに行きたい」
「オレは――」
「ふむ。なら、とりあえず喫茶店にでも行こうか」
「オレの意見は無視ですかそうですか。ははは、泣いてなんかないんだからねっ!」
昨夜に桐野からメールがあり、俺たちは今日集まることになっていた。
部活申請書に書くために、何かしら活動をするんだろう。
めずらしく休日に早起きできた俺は、のんびりと歩きながら、待ち合わせ場所である桜花駅へと向かう。
桜花駅は、この桜花市の中心にある中規模の駅で、休日にはそこそこ人の姿が見られた。
「……暑い」
そんな駅前にある、少しばかり緑が植えられた改札口前の広場。
そこのベンチに腰掛けながら、嫌というほどの熱を発する太陽を見上げて、俺は呟いた。
地球温暖化のせいか例年より数度高い気温。そのせいで、俺の身体を伝う汗も例年より多い気がする。いや、まあ毎年の汗の量なんて覚えてないんだけどね。
「……うぅ……あぅあ……」
隣に座る仙堂院は、暑さからかまともな言葉さえも発しない。
私服姿の仙堂院は、白いワンピースといい、麦わら帽子といい、それはもうお持ち帰りしたくなるほどの可愛さなのだが、ゾンビのようなうめき声が、その可愛さを台無しにしていた。
「あぅ……ましろ、きょ~すけぇ~……うちわで、ワタシをあおぐんだ……」
「へいへい」
いつもなら嫌だと言って断るのだが、さすがに今の仙堂院の姿を見ていたらかわいそうになってきていた。
先ほど近くで奇麗なお姉さんに貰ったうちわで、仙堂院に風を送る。
「うみゅ……ねっぷうがぁ~」
どうやら風が熱かったらしい。
「ならやめるか?」
「うみゅう……つづけてくれぇ~」
「ほいさ」
言われた通り、俺は絶えずうちわで風を送り続けた。
「うぅ……他の連中はまだなのかぁ~」
「わかんねえ。村上からは、『もうすぐ着くから待っててくれよ、絶対待っててくれよ!』っていうメールが来たけど」
「おぉ、それは俗に言う『おやくそく』というやつだな。本当は、先に行っててくれよって意味なのだろう? テレビで見たぞ」
「いや、これはあの馬鹿の本音だろうな」
「そうなのか?」
「ああ」
「ふむぅ……日本の文化は難しいな」
少しずつ体力が回復してきた様子の仙堂院。
そんな感じで、仙堂院との閑談に花を咲かせていると、遠くから手を振って近づいてくる一人の少女が見えた。
「ごめんごめん。待たせちゃったかな?」
現れたのは、少しばかり息を乱している宮原だった。
ロングのTシャツにミニスカートという、そこらへんにいくらでも転がってそうな格好に身を包みながらも、そのアイドル級の素材のおかげで、周囲の女性とは一線を画していた。
それに、今日の宮原の髪型は、普段学校で見るツインテールではなく、ポニーテールにしていた。それもまた新鮮だ。
なんていうか、うん、可愛い。
「どうしたの? あたしのことじろじろと見ちゃって。もしかして、見惚れてたのかな?」
「う……ああ、正直見惚れてた」
「わっ。そう言われると、照れちゃうなぁ。ありがと♪」
にへへ、とでも効果音がつきそうな笑顔を浮かべる宮原。
「そいえば、紗奈と村上くんは?」
「まだ来てないな」
「ふ~ん……まあ、まだ待ち合わせの時間にはちょっとあるからね」
ちらりと時計を確認する。
たしかに、現在の時刻はだいたい九時五十分。約束の十時まではまだ数分ある。
「だな。まあ、村上はともかく、桐野は遅刻なんかしないだろうからな。のんびり待とうぜ」
言いながら立ち上がり、俺が今まで座っていたベンチを宮原に譲る。
「お、ありがと~♪ 気が利くね、恭介くん。女の子にモテるでしょ?」
「いんや、これっぽっちも」
「あはは♪ そかそか」
「宮原こそ、男子にモテるだろ?」
「ううん、そんなことないよ」
「でも、ちょいちょい告白とかされるだろう?」
「あはは……まあ、ね。でも、告白なんてされても、それほど嬉しいものじゃないよ? 断るときは、どうしたって罪悪感に満たされるし。……結構、辛いんだよ」
「……悪いな。変なこと聞いちまった」
「……ううん、べつにいいよ。村上くんだったら、許さなかっただろうけど」
「オレの扱い酷すぎませんかねっ!?」
「あ、来たのか、村上。帰れ」
「なんでだよっ!? 今来たばっかりなんだぞ!」
いつの間にか俺の背後に立っていた村上。
そんな村上の服装については、誰も得しないので言わない。まあ、気合の入りすぎた格好とだけ言っておこう。
「今日も可愛いね、朱音ちゃん。リアちゃんも、綺麗だよ」
「あはは……ありがと」
「貴様に褒められても嬉しくないわ」
「ぐすん……泣いてなんかないんだからねっ! ……ってあれ? 桐野は?」
「ああ、まだ来てないな」
「ま、朱音ちゃんとリアちゃんがいれば、桐野なんてどうだっていいんだがな。むしろ来んな」
「……すまないな。もう来てしまった」
「うほぉう!?」
気配もなく背後から現れたのは、なんというか……そう、ボーイッシュな格好の桐野だった。
ノースリーブのシャツに、ジーンズ。可愛い系というよりも美人系というべきであろう桐野の整った顔立ち。腰付近まで伸びた黒髪がもっと短いものだったら、きっと美少年にも見えただろう。
「さて、ワタシが来なければいいとかいう馬鹿の声が聞こえたんだが。馬鹿、なにか釈明は?」
「申し訳ございません!」
「速攻で土下座したっ!?」
村上の姿が見えなくなったと思ったら、コンクリートに額をぴったりとつけながら土下座していた。
こいつにはプライドっていうものはないのか?
「恭介。男ってのは、プライドを捨てるべき生き物なんだぜ? さあ、お前も一緒に土下座しよう」
「なんでだよっ!」
「さてと。皆、待たせたみたいだね。悪かった」
土下座している村上を無視して、話を続ける桐野。
「ううん。あたしもさっき来たところだよ」
「ワタシはかなり待った。後で紅茶でも奢ってもらおうか」
「ああ、わかった。後ほどそこで土下座してる馬鹿の財布から奢らせよう」
「ちょっと待てっ! なんでオレが奢んなきゃ――」
「ほう? 馬鹿は女性である私に払わせる気か?」
「さいてーだね、村上くん」
「クズだな」
「もう帰れよ」
「ぐすん……俺の味方はいないんですか? わかったよ、払うよ! 考えてみれば、これはデートみたいなもんだからな。俺が奢るのも当然か」
「あ、財布だけ置いて、馬鹿は帰ってもいいぞ?」
「……うわぁー人生ってクソゲー」
どこか達観したような表情を見せる村上。
そんな村上を無視して、桐野は話を進める。
「さて、とりあえずこうして集まったわけだけど……これからどうする?」
「あたしは、部長の紗奈に任せるよ」
「俺も同じく」
「ワタシは、とりあえず涼しいところに行きたい」
「オレは――」
「ふむ。なら、とりあえず喫茶店にでも行こうか」
「オレの意見は無視ですかそうですか。ははは、泣いてなんかないんだからねっ!」
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