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俺と彼女の退屈な日常

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 山科
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第10話

 旧校舎。この学校が創立されたばかりの時に使われていた校舎で、今はたしか、物置や文化系の部活の部室棟として使われているはずだ。
 確実に老朽化を感じ取れる、汚れた建物。
 日の光の当たらない薄暗い廊下を歩き、とある古びた木製のドアの前で立ち止まって、それを開ける。
「遅い」
 瞬間、俺の姿を確認した桐野が、少し怒ったような表情で、俺にそう告げた。
「真白、君は緑茶一つ買うのに何十分かかっているんだ」
「悪いな。ちょっと色々あったんだ」
 部屋の中は、真ん中に置かれた長テーブルとパイプ椅子以外なにもなかったが、意外と広かった。
 長テーブルの上に抱えていた飲み物を置き、部屋の中を見回す。
 桐野と宮原が、ドアに近い場所に長テーブルを挟んで向かい合うように座り、その奥の窓際では、村上と一人の眼鏡をかけた20代半ばの男性が、何かを熱く語っているのが見える。誰だ?
「ああ。アイツが、私の見つけてきた顧問だ」
 俺の疑問に気付いた桐野が、テーブルの上から緑茶を取った後、教えてくれる。
 なるほど。頼まれたコーラは、あの人のだったのか。
「まあまあ恭介くん。とりあえず座りなよ。あ、紅茶ありがとね?」
 そう言って、隣の空いたパイプ椅子をポンポンと叩いて、座るように促してくれる宮原。その優しさが嬉しい。
 お言葉に甘えて宮原の隣に座り、自分の分にと買っておいた『どぶ飲みメロンソーダ』を一口飲む。
「じぃ~」
「…………」
 と、横から視線。
「恭介くん。一口くれないかな?」
 見ると、宮原がモノ欲しそうな顔で、俺のメロンソーダを見ていた。
「ん? ああ、いいけど」
 ほい、とメロンソーダを渡す。宮原はそれを受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながらそれを……飲み干した。
「ぷはぁ! いやぁ~、やっぱり疲れた身体には炭酸だよね」
「ちょ、おまっ! 全部飲んでいいとは言ってないぞ!」
「にはは、ごめんごめん」
「ごめん、で済むか!」
 俺まだ一口しか飲んでなかったのに。
「しょうがない、あたしの紅茶をあげよう。ほい」
 言って、宮原は飲みかけの紅茶を渡してきた。と、そのとき、
「「な、なぁああ~にぃいいい―――――――――――――――――――――――っ!!」」
 背後からむさ苦しい男達の、魂の叫びが聞こえてきた。
「ちょっと待て恭介! なにお前はそんなギャルゲーみたいなイベントを楽しんでいるんだよ!」
「そうだぞ君! そのイベント、僕たちにも味わわせるべきだ!」
 振り向くと、今まで窓際で熱く語り合っていた馬鹿と、桐野が見つけてきたという顧問が、鬼の形相で俺のことをにらんでいた。
「な、なんなんだ?」
「美少女が口をつけたペットボトル……それは僕たちにとってはエリ○サーをも凌駕する、至高の回復薬……」
「そんな素晴しい物を、いとも簡単に手に入れることができる恭介……てめえの」

「「その人生を、ぶち殺す!」」

 そんな風に、息ピッタリで俺の息の根を止めようとする二人。
「うるさいぞ、馬鹿二人」
 桐野が止めてくれなければ、俺は大変なことになっていたかもしれない。


「さて、馬鹿ふたりが落ち着いたところで、真白にも紹介しておこう」
 村上とともに床に正座させられている眼鏡の男性。それを指差して、桐野は言葉を続けた。
「こいつが、私たちが作る部活の顧問、武田宗一郎(たけだそういちろう)だ」
「武田だ。二年の数学を教えている。よろしく」
 眼鏡をくいっと持ち上げる武田先生。その仕草だけを見ていると、さっきまでの武田先生は別人格なのでは? と思えてくる。
「あ、よろしくお願いします。真白恭介です」
「うむ。……ときに真白君」
「はい?」
「君には妹、もしくは義妹、もしくは年下の従姉妹などはいるかな?」
「…………」
 ……はい?
「真白、この通り、コイツは変態だ」
 冷静に告げる桐野。まあ、さっきのあれで若干そんな気がしていたけどさ。
「どうなのかな? 真白君」
 そんな桐野の言葉もまったく気にしない武田先生。
「いや、いませんけど」
「そうか。……はぁ」
 露骨にがっかりされた。
「……なぁ、桐野」
「うん?」
「……なんで、この人なんだ?」
 村上と武田先生に聞こえないように、小声で桐野に訊ねる。
「他にいなかったんだ。諦めてくれ」
「……わかった」
 それなら仕方ない。この際この人で諦めよう。
「でも、よく引き受けてくれたな」
「ああ。昨日までは渋っていたんだけどね、宮原がお願いしたら、一瞬で決まった」
 なんて分かりやすい性格なんだ、あの人は。
「まあ、あんなのでも色々と利用できそうだからな。少しくらいは馬鹿さ加減にも目をつぶろう」
 そう言う桐野の表情からは、諦めと疲労感が伝わってきた。そんな桐野に同情の念を送っていると、「ところで」、と桐野が話題を変える。
「五人目の部員はどうだ? 見つかりそうか?」
「さっぱりだな」
「そうか……」
「まあ、まだ一学期が終わるまでには時間があるしな。地道に探していくさ」
「そうだな。それに、明日からは、私と宮原も部員探しに回れるだろうから、きっと見つかるさ」
「そうか? 悪いな、桐野たちはちゃんと部室と顧問見つけたのに、その上部員探しまで手伝ってもらっちまって」
「いいさ。退屈な世界から逃れる為だからな」
 それからしばらく雑談した後、今日はそれでお開きになった。
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