第3話
土日をはさみ、また一週間が始まる。
俺は、昼休みになった瞬間屋上へと向かっていた。
教室を出るときに村上が、
「きょ~すけ~、お前までオレから離れていくのか~、しくしく」
と泣いていた気がしたが、まったく気にしない。
「ん? 君は昨日の」
「おっす」
扉を開けると、そこでは昨日と同じように、一人の少女が空を仰いでいた。
どうやら、少女は俺のことを覚えていてくれたらしい。忘れられていたらどうしようかと思った。
「どうした? 屋上に何か用でも?」
「いや、あんたに用事があって来た」
「……私に?」
目を見開き、驚く少女。
そりゃそうだ。昨日少し話しただけの、まだ赤の他人となんら変わりない人間にこんなこと言われたら、俺だって驚く。
「名前も学年もクラスもわからない人間を探すのは、少し大変だと思ってたけど……一応屋上に来てみてよかったよ」
「ああ、私は屋上が好きなんだよ。……昔から、ね」
少女が、自嘲気味に笑う。
何かあったのだろうか?
「それで、私に用事って何かな? 落し物の類はしていないと思うのだけれど」
「ああ。昨日の質問に答えてないと思ってさ」
「昨日の質問? ……ああ」
くすり、と笑う少女。
「わざわざそのためだけに来るとは……君も律儀なやつだね。それとも、暇人なのか?」
「両方だ」
「ふふっ、そうか。まあ、せっかく来てくれたんだし、君の答えを聞きたいな」
少女は、一度空を見上げた。そして、視線を俺の顔へと向ける。
「君は、幽霊や、サンタクロースや、宇宙人を信じているんじゃないか?」
昨日と同じ問いを、彼女はもう一度投げかけてくる。
その表情は、昨日と同じく真剣だ。
「…………」
俺も、目の前にいる少女と同じように一度空を見上げる。そこに広がるのは、青い空と、白い雲だけ。
でも、少女が何故空を仰いでいたのか、多分、俺には分かった。
「ああ。俺は、幽霊も、サンタクロースも、宇宙人も、ついでに言えばネッシーもUMAも、魔法使いだって信じてるさ。本気で、な」
探していたのだ。UFOみたいな、不思議な物を。
そんな俺の答えを聞いて、目の前の少女は、別段驚きもせずに、「そうか」、とだけ呟いた。
「驚かないんだな」
「ああ。前に君を見た時から、そうだろうと思っていたからな」
「前? 昨日のことか?」
「いや。君は知らないだろうが、私は前に君を見かけたことがある」
「そうなのか?」
「ああ。君を一目見た時から、私は思っていた。君は、私と似ているな、と」
「似てる?」
訊ねると、少女は髪をかき上げながら、遠くを見る。
「……この退屈な世界に、絶望しているのだろう? 君も」
「っ!?」
言葉が、でなかった。
それは、確かに俺が思っていたことで。
世界が、つまらない。
別に、何か今の世界に不満を持っているというわけではない。
ただ、つまらないのだ。
それはもう、どうしようもないくらいに。
「隠すことはないさ。私も、そうだから」
視線を遠くに向けたまま、彼女は言う。
「だからこそ、非日常を求めて、必死に足掻いているんだけどね。非日常というのはなかなか見つからないものらしい」
「だろうな」
「その口振りからすると、君も探したみたいだね」
「ああ」
昔の俺、と言っても、この桜花高校に入学する前までのことだから、ごく最近のことなんだが。
その時の俺は、まあ非日常を求めて日常を過ごしてきた。
もっとも、そこまで大それたことはしていない。いくつか例を挙げるとしたら、友人と心霊スポット巡りをしたり、学校を隅々まで探索したり、と簡単にできることばかりだ。
なぜそんなことをしていたかと言うと、さっき女生徒が言ったように、『世界に退屈している』からだ。
まあ、俺の場合は、もう少し色々な要因が重なった結果、非日常を探すことになったんだけど。それを語るのは、またの機会にしよう。
「……そんな大したことはしてないけどな」
「私も、君と大して変わらないさ。だからこそ、高校に入学したら、何か変わるんじゃないか、って期待していたんだけどね。結果は、言わずもかなだよ」
高校に入学すれば、何かが変わる。それは、俺も期待していたことだ。
でも、高校に入学したところで、結局は中学時代と変わらない。平凡で、ありふれた日常を過ごすだけ。
そんなのは、嫌だ。
そう思っても、行動することはできない。
……少なくとも、一人では。
「……なあ」
でも、二人なら。
「一緒に、探さないか?」
「……何をだい?」
同じく、非日常を求めているこいつとなら、もしかしたら。
「非日常を、だよ」
「…………」
非日常を――この退屈な生活を、非日常に変えることができるかもしれない。
そう思った。
「……っく、あっははははっ!」
「わ、笑うなよ!」
「ははっ、いや、すまない。やっぱり、君は面白い奴だな。今の台詞、普通名前も知らない人間に言うか?」
「う、うるさいな!」
「まあ、でも、それもいいかもしれないね。このまま一人で探すよりは、効率がよさそうだ」
「だろ?」
「ああ。それに、君は面白いからね。ある意味、普通ではないし」
「失礼だな」
「でも、さっきも言ったけど、名前も知らない赤の他人に言う台詞ではないよ? さっきのは」
「……まあ、たしかに。俺は、一年五組の真白恭介だ」
「うむ、よろしい。私は、一年二組の桐野紗奈(きりのさな)だ。よろしく、真白」
にっこり、と笑顔を浮かべ、握手を求める手を前に差し出してくる女生徒、桐野紗奈。
その笑顔は、俺が今まで見てきた、どんなものよりも、綺麗だった
俺は、昼休みになった瞬間屋上へと向かっていた。
教室を出るときに村上が、
「きょ~すけ~、お前までオレから離れていくのか~、しくしく」
と泣いていた気がしたが、まったく気にしない。
「ん? 君は昨日の」
「おっす」
扉を開けると、そこでは昨日と同じように、一人の少女が空を仰いでいた。
どうやら、少女は俺のことを覚えていてくれたらしい。忘れられていたらどうしようかと思った。
「どうした? 屋上に何か用でも?」
「いや、あんたに用事があって来た」
「……私に?」
目を見開き、驚く少女。
そりゃそうだ。昨日少し話しただけの、まだ赤の他人となんら変わりない人間にこんなこと言われたら、俺だって驚く。
「名前も学年もクラスもわからない人間を探すのは、少し大変だと思ってたけど……一応屋上に来てみてよかったよ」
「ああ、私は屋上が好きなんだよ。……昔から、ね」
少女が、自嘲気味に笑う。
何かあったのだろうか?
「それで、私に用事って何かな? 落し物の類はしていないと思うのだけれど」
「ああ。昨日の質問に答えてないと思ってさ」
「昨日の質問? ……ああ」
くすり、と笑う少女。
「わざわざそのためだけに来るとは……君も律儀なやつだね。それとも、暇人なのか?」
「両方だ」
「ふふっ、そうか。まあ、せっかく来てくれたんだし、君の答えを聞きたいな」
少女は、一度空を見上げた。そして、視線を俺の顔へと向ける。
「君は、幽霊や、サンタクロースや、宇宙人を信じているんじゃないか?」
昨日と同じ問いを、彼女はもう一度投げかけてくる。
その表情は、昨日と同じく真剣だ。
「…………」
俺も、目の前にいる少女と同じように一度空を見上げる。そこに広がるのは、青い空と、白い雲だけ。
でも、少女が何故空を仰いでいたのか、多分、俺には分かった。
「ああ。俺は、幽霊も、サンタクロースも、宇宙人も、ついでに言えばネッシーもUMAも、魔法使いだって信じてるさ。本気で、な」
探していたのだ。UFOみたいな、不思議な物を。
そんな俺の答えを聞いて、目の前の少女は、別段驚きもせずに、「そうか」、とだけ呟いた。
「驚かないんだな」
「ああ。前に君を見た時から、そうだろうと思っていたからな」
「前? 昨日のことか?」
「いや。君は知らないだろうが、私は前に君を見かけたことがある」
「そうなのか?」
「ああ。君を一目見た時から、私は思っていた。君は、私と似ているな、と」
「似てる?」
訊ねると、少女は髪をかき上げながら、遠くを見る。
「……この退屈な世界に、絶望しているのだろう? 君も」
「っ!?」
言葉が、でなかった。
それは、確かに俺が思っていたことで。
世界が、つまらない。
別に、何か今の世界に不満を持っているというわけではない。
ただ、つまらないのだ。
それはもう、どうしようもないくらいに。
「隠すことはないさ。私も、そうだから」
視線を遠くに向けたまま、彼女は言う。
「だからこそ、非日常を求めて、必死に足掻いているんだけどね。非日常というのはなかなか見つからないものらしい」
「だろうな」
「その口振りからすると、君も探したみたいだね」
「ああ」
昔の俺、と言っても、この桜花高校に入学する前までのことだから、ごく最近のことなんだが。
その時の俺は、まあ非日常を求めて日常を過ごしてきた。
もっとも、そこまで大それたことはしていない。いくつか例を挙げるとしたら、友人と心霊スポット巡りをしたり、学校を隅々まで探索したり、と簡単にできることばかりだ。
なぜそんなことをしていたかと言うと、さっき女生徒が言ったように、『世界に退屈している』からだ。
まあ、俺の場合は、もう少し色々な要因が重なった結果、非日常を探すことになったんだけど。それを語るのは、またの機会にしよう。
「……そんな大したことはしてないけどな」
「私も、君と大して変わらないさ。だからこそ、高校に入学したら、何か変わるんじゃないか、って期待していたんだけどね。結果は、言わずもかなだよ」
高校に入学すれば、何かが変わる。それは、俺も期待していたことだ。
でも、高校に入学したところで、結局は中学時代と変わらない。平凡で、ありふれた日常を過ごすだけ。
そんなのは、嫌だ。
そう思っても、行動することはできない。
……少なくとも、一人では。
「……なあ」
でも、二人なら。
「一緒に、探さないか?」
「……何をだい?」
同じく、非日常を求めているこいつとなら、もしかしたら。
「非日常を、だよ」
「…………」
非日常を――この退屈な生活を、非日常に変えることができるかもしれない。
そう思った。
「……っく、あっははははっ!」
「わ、笑うなよ!」
「ははっ、いや、すまない。やっぱり、君は面白い奴だな。今の台詞、普通名前も知らない人間に言うか?」
「う、うるさいな!」
「まあ、でも、それもいいかもしれないね。このまま一人で探すよりは、効率がよさそうだ」
「だろ?」
「ああ。それに、君は面白いからね。ある意味、普通ではないし」
「失礼だな」
「でも、さっきも言ったけど、名前も知らない赤の他人に言う台詞ではないよ? さっきのは」
「……まあ、たしかに。俺は、一年五組の真白恭介だ」
「うむ、よろしい。私は、一年二組の桐野紗奈(きりのさな)だ。よろしく、真白」
にっこり、と笑顔を浮かべ、握手を求める手を前に差し出してくる女生徒、桐野紗奈。
その笑顔は、俺が今まで見てきた、どんなものよりも、綺麗だった
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