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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第27話

「どうしてシャルロットは殺さなかったの?」
 カヤの声はかすれていた。自分の声とは思えない声。まるでかさついた葉の擦れる音だ。
「ヌイ様のご命令です。シャルロット様にはこの国をより良くするためにいろいろとお力添えを頂きたいとのことです」
 さっきのように人質にしたり、新しい国をつくるための道具にしたりするつもりなのだろう。
 シャルロットは自分の周囲にある血の池を見つめていた。
 兵士たちの血。そして二人の姉の血。
 筒袖は赤く染まり、フードを取っているため金色の巻き毛までも血で染まっている。瞳だけが青い。周囲の血が映り込んだかのように暗い青だった。
「カヤ様が、この小娘を邪魔だと仰せならば処理致しますが?」
 この場にいるスーラ族のリーダー格の男が言った。
「そんなことはさせない!」
 シャルロットとスーラ族の間に、カヤは立った。
 スーラ族を睨み据える。
 ふいに背中に衝撃が走った。
 カッと背中が熱くなる。
 ぬるりとした感触が背中を這う。
 後ろを振り向くと、いつのまにかシャルロットが立っていた。
 血走った目――死ぬ直前のアンネローゼそっくりの目。
 その手には真新しい血に濡れたアンネローゼの剣があった。
 ぎこちなく、だがしっかりと握られた剣。
 剣の重みで前屈みになっている。
 ふいにそのシャルロットの両手が剣を持ったまま飛んだ。
 そして指や手の平が細切れになり、剣さえも刃こぼれを起こして遠くに吹き飛んでいった。
「カ、カヤ様! ご無事ですか!?」
 スーラ族の慌てた声。
 カヤは、自分が背中から血を流していること、目の前で両手を失ったシャルロットが茫然自失としていること、すべてに現実感がなかった。
 カヤを中心に《暴風(シュトゥルムヴィント)》が巻き起こった。
 無意識に暴走する風。暴走する心。ルグウと対峙したときの白い雪片混じりの風と違い、いまは赤い血が混じる風。赤い風が、地面に横たわる兵士たちの死体を切り刻む。シャルロットに刃が向かないように無意識に制御できたのは僥倖といえた。
 《暴風(シュトゥルムヴィント)》を見たスーラ族の対応は早かった。素早く身を翻すと、この広間から撤退した。
 しばらくすると、《暴風(シュトゥルムヴィント)》は止んだ。大きな力を消費する《暴風(シュトゥルムヴィント)》を展開したカヤは肩で息を吐いた。
 シャルロットは血溜まりの中に倒れていた。
 カヤはシャルロットの両手を紐で縛り、出血を防いだ。
 玉座の間に、血相を変えて戻ったカヤを見て、玉座の間に逃げてきていたスーラ族たちは後退った。
 ヌイとヴァールは平然としている。
「災難でしたな」とヌイ。
「派手にやったみたいだね」とヴァール。
「き、傷の、……手当てを!」カヤは焦りで上手くしゃべれない。
「そうですな。その背中の傷。深くはありませんが、なかなか大きな傷です。次期王妃の背中に傷があるというのはいけませんな」
 ヌイは手当ての用意をするように命じた。
「ふざけないで!」
 カヤは叫んだ。「シャルロットのことよ!」
 ヌイは冷めた目でカヤを見つめた。
 ヴァールは苦笑した。
 手当ての準備をしようとしていたスーラ族たちも立ち止まった。
「シャルロットを助けて!」
 カヤは泣き叫んでいた。
「利用価値はなくなりました。両手を失ったのでしょう? もう署名させることもできない」
 ヌイはそう言って、
「それにエーヴィヒ王国の王女はあなたがいる」
「あなた方の言いなりになる王女にもなりませんし、あなた方を王と認め、妻になったりもしません!」
「……なるほど。シャルロット様には生きて頂いた方が、何かと便利そうですな」
 ヌイは部下に命じた。
 スーラ族たちはシャルロットを手当てするための道具を探しに駆け出した。
 カヤは自分の混乱をまとめようとした。
 けど、思い浮かぶのは、やっと仲良くなれたアンネローゼの顔や、とっつきにくい気がしていたけどとても話しやすかったヒルデや、初めてできた妹のようで可愛かったシャルロットの顔だった――――シャルロットの顔が、鬼の形相に変わる。カヤは力なく首を振った。
「…………どうして」
 カヤはそれだけつぶやくのがやっとだった。
「復讐――現実――理想」
 ヌイの淡々とした声。「そういったものすべてがこの結果に繋がっています」
「流浪の民に対して家畜同然の扱いをしたりする王都の市民や王族に対する復讐。現実として王都の土地は必要で、王族が邪魔だということ。理想として流浪の民にとって良い国家を築くこと」
 カヤは抑揚のない声でつぶやく。考えてしゃべったわけではない。考えなくても、カヤたち流浪の民には当たり前のように共通している感情。
「その通りです」
「……こんなことをして、復讐は復讐を生むだけです!」
「あなたはおいくつですかな?」
「なに?」
「年ですよ」
「十三よ」
「私は四十をこえました」
「それで?」
「あとまあ、生きても五十年といったところでしょう」
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