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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第20話

「ひどいものね」
 アンネローゼが憤った。
 何に対して憤ったのか聞きたかった。
 流浪の民の現状を憂いて憤ったのか。
 美しい王都に集まる汚い衣服を身につけた流浪の民の行動に憤ったのか。
 けど、カヤは堪えた。
 違うことを話した。
「私が王都に潜入します。私ひとりなら、ばれない自信があります。けど、お姉様方やシャルロットを連れては無理です。まだ流浪の民の習慣……たとえば挨拶や道の譲り方などを知りません」
「道の譲り方?」
「はい。流浪の民にも上下関係があるんです」
「へえ」侮蔑しきったアンネローゼの目。「でも、あんなに薄汚れているのに」
「薄汚れているからです、お姉様」
「どういう意味よ?」
「薄汚れた服を着て、定住も出来ず、ストレスが溜まる一方です。お姉様方から見れば、家畜の群れのように見えるかもしれませんが、彼らも人間で、人間としてのプライドがあります」
「それで?」
「より弱い立場の部族の者たちを差別することで鬱憤を晴らしているのです」
「ご立派なことね」
 カヤは堪えた。
「お姉様。王国における、王族、貴族、富豪、平民、下層階級の者たちという構造もよく似ているではありませんか……」
「そうかもね」
 アンネローゼはたいして考えもせずに頷いた。
 この傲慢さ、この無頓着さが、今回のような結果を招いたとは夢にも思っていない顔だ。
「たしかに今回の件でお姉様は被害者でした。けど、彼らはこれまでずっと……ほんとうに気の遠くなるほどずっと被害者だったのです。そしてその憎い王都が、同じ流浪の民に襲われた。そして警備もガラ空きになっている……もしかしたら何か手に入るかもしれない、安住の地が見つかるかもしれない。そう考えているのです」
「まるでハイエナね」
 カヤはアンネローゼから視線をそらした。
 怒りに我を忘れそうだった。
 風の声を聞こうとした。
 風の声は聞こえなかった。
 カヤはまだ十三歳だった。

 カヤは予定通りスーラ族に混じった。皆、背がカヤよりも高い。それに肩幅も広い。フードを被っているので顔はわからないが、おそらく大人の男たちばかりだろう。ここに集まっているのは、おそらく各部族の偵察隊のようなものだ。噂が本当かどうか、安全かどうかを確かめに来ているのだ。女子供はどこか安全な場所にいる。
 つまり、ここにいるのは各部族の中でも選りすぐりの人材。戦闘に関しても王都の兵士に比べても全く劣らない――それどころか武器や装備の質の悪さなど問題にならないくらいに強いだろう。
 カヤは黙ってスーラの部族の流れに混じった。
 スーラの部族の何人かはカヤの方に視線を走らせた。
 カヤは複雑な手の動き、そして呪文のようなものを呟いた。
 スーラしか知らない、味方だと伝える合い言葉のようなもの。
 この複雑な手の動きや合い言葉は、そう簡単に習得できるものではない。スーラに生まれ育った者といえど、子供の頃は親についている。それはいざというときにこの合い言葉や手の動きが、子供だと上手くできないほど複雑なためだ。大人が代わりにやる。そんなことが必要なほど複雑だった。
 そしてスーラの部族はカヤにとってもありがたいことに力を使える数少ない部族の一つだ。合い言葉や手の動きの他に、この力こそがスーラ族の証。
 カーは流浪の民の中で「王族」に近い存在だった。実際に「王族」と呼ばれていたわけではない。けれど、伝説の竜の巫女に端を発する、力ももっとも強力なカーは、伝統も実績も実力もあり、「王族」のように尊敬されていた。ただ王国のように明確に組織だったものではない。あくまで各部族のなかで一目置かれている部族という程度のものだ。
 かなり歩き、ミラル川を渡ろうとした時だった。
 浅瀬の上で小競り合いが起きていた。ミラル川が数本の支流に分かれ、たいていは浅瀬になっていた。その幅はかなり広いが浅い。その浅瀬の上で、三人のスーラ族と二人のルグウ族が向かいあっている。
 あっ、とカヤは叫びそうになった。三人のスーラ族に、シャルロットと同じ背格好のフード姿の子供が交じっていた。よく見れば、他の二人のスーラ族は明らかにアンネローゼとヒルデだ。
 アンネローゼは相当腹を立てているらしく、剣を抜きかねない勢いだ。
 どうやらカヤに黙って先回りしようと急いでいてルグウにぶつかったらしい。ルグウは喚いている。
 ルグウ族はスーラ族と仲が悪い。流浪の民の序列ではスーラと同列だったが、ルグウは粗野、スーラ族は学者風の落ち着いた物腰と、性格も能力も全く異なる。
 ルグウは、獣の一種だとさえ言われるほど獰猛だった。ルグウの武器は、手につけたかぎ爪と、普段から興奮作用のあるタングという木の根を噛む風習から生まれる強靱な顎と尖った歯。その動きの早さ、柔軟性は獣そのもの。それも知性ある獣――罠や道具を使う獣。とても厄介な相手だった。
 カヤといっしょにいたスーラ族。その先頭を常に歩いていた二人が、手話で会話を交わした。
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