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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第17話

 アンネローゼの寝顔には、戦いを始めたときのような頬が引き攣った、憑かれたような様子はなくなっていた。最後の方は、アンネローゼがかなり正常に戻ってきていたのがカヤにもわかった。
「ヒルデお姉様」
 カヤはヒルデに声をかけた。今度はヒルデのうらみと憎しみを受け止めようとしたのだ。
 ヒルデは槍を手にしていた。けれど構えていない。
 ただ無言でカヤを見つめていた。
 月光を浴びるその顔は美しい。もう狂気の色はない。ただ悲しそうな目をしていた。
「悲しいものね……」ヒルデはつぶやいた。
「え?」と、カヤは聞き返した。
「知ってる? アンネローゼお姉様はね、騎士団長に匹敵するほど強いのよ」
「はい。お聞きしたことがあります」
「騎士団長はね、平和になったとはいえ、数え切れないほどの盗賊や山賊を討伐したこともあって、実戦経験も豊富な人なのよ。まあ、どっちかって言うと正々堂々一騎打ちするのが得意っていうよりも相手の根城を奇襲で叩くことに長けた人なんだけど……」
 なぜヒルデがそんなことを語りだしたのか、カヤにはわからなかった。ただ黙って聞いていた。
「カヤ、あなたはその騎士団長にも勝るとも劣らないお姉様が、まったく歯が立たなかった。あなたは――いったいどれほどの戦場を経験してきたのかしら?」
 カヤは薄く笑って首を横に振った。
 そんなことは話したくない。思い出したくもない。
 ヒルデは黙った。 
 しばらくすると、ゆっくりと槍の刃を持ち上げた。ふしぎな構え。槍の刃のすぐ近くの柄を握っている。そしてそれを自分の顔の高さまで持ち上げた。
 カヤは黙って、剣と短剣を構えた。結局、短剣の出番はなかった。ヒルデとアンネローゼを同時に相手にする場合を想定して、短剣と剣の二刀流にしたのだ。
 ヒルデの持つ刃が、ヒルデの背後に回った。
 カヤは不思議に思った。
 ヒルデは無造作に金髪を掴むと、槍の刃で金髪をばっさりと切り落とした。髪の束が地面に落ちる。数本の金髪が夜風にたなびいて輝くのが見えた。
 ヒルデの髪はカヤよりも短くなった。
「双子のように似ている姫――アンネローゼ姫とヒルデ姫。……これでも結構有名なのよ。逃亡生活には目を引きすぎるでしょ」
 ヒルデはそう言って、自分の槍の刃を見つめて呟いた。
「それに、けじめよ――。醜態を何度もさらした、ね」

 髪をショートカットにしたヒルデに案内されて、カヤたちは隠れ家に向かった。アンネローゼは気絶したままだったが、ヒルデとカヤが肩を貸してどうにか運んでいた。シャルロットも小さな手をいっぱいに伸ばして、アンネローゼの背中を押している。あまり助けにはなっていないが、シャルロットの気持ちがカヤには嬉しかった。
 隠れ家は秘密の地下通路から離れた場所にあった。巧みに隠された半地下の洞穴。奥には日持ちする食料や武器や金貨、さまざまな服まであった。
「ここは逃亡の準備をするための隠れ家なの。この隠れ家にも秘密の通路がある。それを使えば、もうひとつ川を越えられるわ」
 エーヴィヒ王国の王都の近くには大小さまざまな川がたくさんある。その豊富な水に人が集まり、動物や植物も集まり、豊かな大地を作り出していた。
「今晩はここに泊まった方がいいかもね」
 ヒルデは言った。カヤはできたらもっと王都と距離を取りたいと思っていたが、自分自身の疲労と精神的なショックがあまりにも大きくて何も言い出せなかった。倒れた長女のアンネローゼ、疲れ切った最年少のシャルロット。二人のこともある。
 火を使わない簡単な食事をすませ、隠れ家にあった服に着替える。心得たもので、ここにある服は王宮にあるものに比べれば実に質素で、しかもこの近辺にいるさまざまな民族の衣装まであった。
 カヤは踊り子の多い流浪の民の衣装を見つけた。多少地味だが、踊り子の服もある。露出が多いようにカー族のカヤは思ったが、かつて見た踊り子をつれた流浪の民を思い浮かべ、このくらいは仕方ないと思った。
「どうしたの、カヤ?」
 食事を終えたヒルデはシャルロットを寝かしつけると、隠れ家の品物を物色しているカヤのもとに近づいてきた。
「この衣装、これらは便利です」
「便利? どれどれ……?」
 ヒルデはカヤの手元を見て、大きく顔をしかめた。
 カヤから見れば、舞踏会用の胸元の大きく開いたドレスも大差ないのだが、ヒルデには、ざらついた生地の、原色を大雑把に組み合わせたように見える露出度の高い踊り子の衣装は不快だったらしい。
「どう便利だっていうのよ」
 ちょっと怒鳴るように言う。寝ている二人を気遣って、その声は一応小さい。小さなランプに灯されている火がヒルデの顔を照らしている。光は、隠れ家の洞穴が多少入り組んでいるため外にまでは漏れない。ヒルデの顔は少し赤くなっていた。
「お姉様方の、美貌と武術の腕を考えれば、かなり役に立つでしょう」
「私たちに、踊り子の真似をしろっていうの?」
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