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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第15話

 思わずヒルデとシャルロットが肩を震わせたほどだ。アンネローゼはいますぐにでも王都に引き返して討ち死にしそうな様子だった。
「どうして! 答えないさい! カヤ!」
 アンネローゼは喚いた。問いかけではない。
 夜空に向かって、雄叫びのように声を張り上げている。
「どうしてなのよおおおぉぉぉ!」
 最年長のアンネローゼが大きく取り乱したため、ヒルデもシャルロットも茫然自失となった。
 長い夜が始まった。

 しばらくするとアンネローゼは落ち着いた。表面的には。
「どうしてカヤはあいつらを攻撃しなかったの? いいえ、それよりもなんでお父様を殺したヴァールなんていうピエロの言うことをきいたの? 母親があのヴァールの知り合いだったから、それとも同じ流浪の民だったから?」
 矢継ぎ早にアンネローゼは言う。カヤを睨みつけながら。
 返答を期待していないのは明かだった。
 カヤが何度答えようとしても、アンネローゼは次々に質問の体裁をした誹謗を繰り返す。
「お姉様はこれからどうするおつもりですか?」
 カヤが「お姉様」と言うと、アンネローゼは虫唾が走るという顔をした。
「いますぐにあの野蛮な汚らわしい流浪の民たちを滅ぼすわ」
「無理です。お姉様」
「それでもよ!」
 あんたには分からないでしょうけど、とアンネローゼは吐き捨てた。ヒルデはもちろん、シャルロットまでも頷いていた。
「あの街は私たちの王都よ! あのいま燃えている城は私の城! あの炎に巻かれているのは私の民なの!」
 カヤは頷く。
 カヤは冷静だった。
 アンネローゼは怒りを爆発させた。
 自分の剣を勢いよく拾う。
 両肩に力の入りすぎた構え、そして血走った目を見て、カヤは首を振った。
「無理です。たった三人の敵、いいえ、実際に相手したのはたった一人だった。それでも、お姉様は勝てなかったではありませんか……」
「あなたはね、この国に来て間もないからそんなことが言えるの!」
 叫んだのはヒルデだ。涙を流している。悔し涙を流す、ボロ切れのようにされた服をまとった姉ヒルデの姿は、カヤの哀愁を誘った。
「それで?」
 カヤは意識して強く二人の姉を見返した。
 シャルロットまでも、アッフェの捨てていったナイフを拾ったのを見て、カヤはシャルロットに叫んだ。
「捨てなさい! シャルロット!」
 カヤに初めて怒鳴られたシャルロットは驚いてナイフを取り落とした。
「ほうら、本性を現した」
 アンネローゼは言い、ヒルデも武器を構えたままカヤの背後に回るように動いた。
 カヤは二人に気づかれないようにため息を吐いた。
 燃え盛る炎の光が夜空さえも焦がすようだ。その火は強くなることはあっても弱くなることはない。
 カヤの目にも、ピエロにお手玉にされた父の姿が焼きついている。それでも、カヤが冷静さを失わずにいられたのは、これが、こんなことが初めてではなかったからだ。
 草原で、山で、林で、あるときは雪の中、あるときは霧の中、あるときは雨の中、傷を負わされ、殺されそうになり、また目の前で、仲間や友達が殺されるのを何度も見てきた。
 そして怒りにかられた人間がどうなったのかも、たくさん見てきていた。
 怒りにかられて生きている人間はただの一人もいなかった。そんな非情な世界に、カヤもカヤの母クララも生きていた。母クララが病で亡くなるまでの三十年程の間生き続けられたのも、力以上に怒りに我を忘れることがなかったためだ。屈強な男も勇気ある才女も皆死んだ。優しい者も狡賢い者もみんな、みんなだ……。
「お姉様方、復讐は何も生みません。復讐は新たな復讐を生みます」
「そんな陳腐なセリフで引き下がると思っているの」
 アンネローゼが叫ぶ。
「……陳腐だから間違っているというわけではありません。陳腐でも正しいものは正しい。耳慣れない言葉でも間違っているものは間違っている。ただそれだけです。現実は非情なのです、お姉様」
 カヤは平坦な声で言う。
 アンネローゼが冷静なら、カヤの声が不自然なほど抑揚を欠いていたことに気づいただろう。そしてカヤの心中も察したかもしれない。
 だが、血走ったアンネローゼの目はそんなもの信じないと言っていた。
 ヒルデはカヤの背後に回り、アンネローゼはカヤの前にいる。シャルロットは三人の姉たちの形相を見て怯えている。まだ六歳なのだ。カヤはできる限り平静でいようとしているが、それでも限界がある。殺気のこもった刃を向けられて全くの平静でいられるわけがない。それに、復讐ということを考えるのなら、この王国、そしてその頂点に君臨する王族は、流浪の民を殺した憎い敵でもあった。
 カヤは首を振った。頭の中で燃え上がりそうな炎を打ち消す。暗い、心の底から燃え上がる炎。その炎は燃え上がるとき、体を焼く前に、心を焼き尽くしてしまう。そういう炎だ。一度火がつけば枯れた森に火がついたようにあっという間に燃え広がる。止める暇もない――止めようと考える理性さえも燃やし尽くしてしまうのだ。
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