ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第14話

「カヤ……なにしてるのっ! さっさと攻撃しなさいっ!」
 アンネローゼが叫ぶ。
 けれど、アンネローゼを見つめ返すカヤの瞳に宿ったのは戸惑いだった。
 その瞳を見て、アンネローゼは息を呑んだ。「裏切る気……?」そう喉まで出かかった言葉を飲み込んだのが、カヤにはわかった。ヒルデの顔に失望とカヤに対する怒りが見えた。シャルロットでさえもカヤのスカートを掴んでいた手を放した。
「いいじゃないの、そんな湿っぽい話はさ!」
 重い沈黙を破ったのはカッツェだった。
「せっかく、可愛い子がそろってるんだし、お楽しみしなきゃ!」
「おいおい、カッツェ。そんな適当なことばっか言ってると、ヴァールに怒られっぞ」
「……む。まあ、でも、あれはあれ、それはそれよ。こっちだって命懸けでやってるんだしさ。楽しまないと……」
「楽しみはもう少し時と場所を選んでほしいな」
 停滞していた霧を《そよ風(リュフトフェン)》が吹き抜け、白い道ができた。ピエロの格好をしたヴァールだ。顔にある剣の模様の側に、本物の血がこびりついているのがシュールだ。
「カヤ、君のことは知っているよ。流浪の民の中で最も尊敬を集めるカー族。そして、あのクララの娘なんだろ?」
 カヤは息を呑んだ。母の名前が出てくるとは思いも寄らなかった。
「君の母は一つ大きな過ちを犯したとはいえ、とても強く、立派な流浪の民だった。あの人にも、私は力の使い方を学んだ。本来なら欲望に目がくらみ、王族の犬となった君を許すわけにはいかないが、特例として君を逃がすこともできなくはない…………というか、それが私の望みだ。逃げる時間はたっぷりと与えてあげたつもりだったが…………」
 ピエロのヴァールはため息を吐いた。
「こんなにも汚れてしまって」
 ヴァールはカヤに無造作に近づくと、カヤの髪についた埃を払った。
 カヤは恐怖で身動きができなかった。力を知らない人間には、まったく知覚できない、五感を超えた第六の感覚とでもいうべき感覚。それが訴えかける圧倒的な無慈悲なまでの力の差。それが目に見えない圧力となって、カヤは押さえつけられていた。両肩を巨大な分厚い手の平で押さえつけられたかのように動けない。ヴァールの力は、熱い、分厚い手の平のようだ。
 カヤの母の力は大気のように広くて大きかった。それでいて気配を人に悟らせないものだった。
 だが、目の前のヴァールは、固体のような圧力を持つ力を持っていた。
 カヤは身動きできずに、髪の埃を払われていた。
 汚れた頬も、ヴァールの指先で丁寧に拭われる。
「さあ、良い子だ、カヤ。…………君はもうこの姉妹たちのことは忘れる。そうだろ?」
 カヤは無我夢中で首だけを横に振った。首から下がまったく動かない。それどころか、気を抜けば、足から力が抜け、ヴァールに跪くようにしゃがみ込んでしまいそうになる。
 ヴァールは無言でカヤを見つめた。動いてはいない。しかし、ヴァールの圧力――力が両肩だけでなく、カヤの頭にもかかった。後頭部を押されて、じょじょにカヤの頭がさがっていく。
 そのようすを見ていたアンネローゼとヒルデ、シャルロットは信じられないという顔をしていた。三人には力のことなどわからない。知覚できない。ただカヤがヴァールに説得されて、しぶしぶ頷こうとしているように見えた。
 カヤは獣のように吠えた。脳裏に、ヴァールによってお手玉にされた父の姿が浮かんだ。血まみれの赤いボールにされ、最後には花弁のように無残に細切れにされたローレンツ二世――。
「嫌です!」
 カヤは爆発させるように力を使った。
 力任せに《暴風(シュトゥルムヴィント)》を放つ。方向はほとんど定まらないが、それだけに強力。固まってそばにいる三人の姉妹には傷を負わせないように制御するのは至難の業だった。
 ヴァールは《暴風(シュトゥルムヴィント)》を放つカヤからひょいと離れると、芝居がかった様子であごに手をやっていたが、しばらくすると一つ頷いた。
「まあ、いいだろう。……そのうち気が変わるだろう」
 誰にともなく呟くと無造作に背を向けた。
 カヤはその背中に向かって風の刃を走らせたが、ヴァールを捉えることはできなかった。そして、ヴァールが消えると、いつの間にかカッツェもラッテもアッフェも消えていた。
 残されたのは、カヤと、カヤから離れて互いに抱き合うように立っている、半分しか血の繋がっていない三人の姉妹たちだけだった。

「どうして……」
 地面に両手をついて、肩を落としているアンネローゼは、俯いたまま呟いた。
「どうしてなの? カヤ」
 アンネローゼの長いスカートに突き刺さったナイフはまだそのままだ。両手の傷は幸い軽傷のようだ。
 カヤが近づいてナイフを抜こうとすると、拒絶するようにすぐさまヒルデとシャルロットがナイフを抜き始めた。
「どうして!」
 アンネローゼは顔を上げて、カヤを睨んだ。
 抑えきれない怒りをアンネローゼが感じているのが、カヤにも分かった。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。