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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第12話

 外に出たカヤが新鮮な空気を思いっ切り吸いながら見上げた空は、ふしぎな色をしていた。
 薄紅色のグラデーション。
 東の空が濃い赤に染まり、普段なら見えるはずの星々がほとんど見えない。
 カヤより先に着いていた三人は、川の向こうの城壁を見ていた。城壁という障害物があっても見える炎の赤い光と、蛇のごとき炎にまかれて崩れ落ちる尖塔や高い屋根を見つめていた。
 そして夜空を雲のように動くのは、竜だ。六体の竜がゆったりと動く。
 王都に居座る竜の長い首が、城壁をこえて、カヤたちにも見えた。その口から火炎がほとばしり、城壁の中を焼く。ちょうど城壁が邪魔になって街の様子は見えない。けれど、その竜がかなり長い時間、同じ場所を焼き尽くしているのを見ると、もしかしたら、そこに応戦する兵士の一団がいるのかもしれない、もしかしたら逃げ惑う人々の集団がいるのかもしれない――そんなふうにカヤはとりとめもないことが思い浮かび、恐怖に震え上がった。
 四人は声も出ない。微動だにしない。ただ目を見開いて、その赤い光に包まれた王都を見ていた。
 最年少のシャルロットさえも、泣くことを忘れている。
 それは恐ろしいほど、残酷なほど、美しい光だった。
 「復讐の炎だ」とカヤは思う。
 その復讐の炎は強く、きっと復讐の炎を燃やす加害者たちでさえも、無事では済まない。それでも、加害者たちは炎をさらにさらに燃やし続ける。滅びに突き進む、悲しいまでの怒りが、カヤの心に響いた。流浪の民の怒り。
 カヤにはそれが、アンネローゼたちに比べればよく理解できた。
 茫然自失の状態から真っ先に元に戻ったのはカヤだった。 
 背後の気配に気づいたのだ。 
 カヤは素早く後ろを振り返った。
 同時に茂みをかきわけて現れたのは、ライオンとあのサーカス団の一人、猛獣使いのカッツェ。ということは、このライオンは野生のライオンではなく、あのサーカス団にいたラッテだろう。
「おやおや、まあまあ……」
 小馬鹿にしたようにカッツェは繰り返した。そして肢体を軽くくねらせて、鞭の柄を噛んだ。その赤い唇が夜目にも鮮やかだ。男なら官能を感じるかもしれない。カッツェは美女で、ボンテージを着ている。
 残念ながらそれを見てカヤは不快にしか思わないし、背後の存在に気づいて振り向いた三人の姉妹たちも同様のようだった。
「罪もなき民衆を見殺しにして、王族ってば、ほんっとひっどーい」
 耳障りなカッツェの声。
「その罪もなき民衆を殺しているのは、あなたたちではないですか!」
 怒鳴るカヤ。
「罪ねえ」
 男の声がした。
 怒りと衝撃で我を忘れていたカヤは、すぐ近くに忍び寄っているもう一つの影に気づかなかった。急いで首を向けると、少し離れた場所にナイフ投げの小男アッフェがいた。右手に持った一本のナイフを弄んでいる。
「罪っていうなら、無知と無知であり続ける傲慢さも、罪だって俺は思うがね。……王様ひとりじゃ一本のナイフしか振るえない」
 アッフェはナイフを軽く振って、
「けど、偉い人間様の言ったことはなんでも偉いんですうぅ、っていうテメエの責任も取る気もない輩が集まると、一本のナイフは二本にも、四本にも、八本にもなる」
 口に出した数字に合わせて、アッフェが手を振るたび、その手にナイフが増えていった。最後に、両手の指の谷間すべてにナイフの柄を持ち、合計で八本ものナイフを取り出していた。
 どうやったのか、カヤにさえ分からなかった。
 このあからさまな敵意。わかりやすい敵と味方という構図。そのためアンネローゼとヒルデは自分を取り戻しつつあった。
「あなたはシャルロットをお願い」
 カヤに向かって、ヒルデはそう言った。
「無様に気絶してしまった借りはここで返すわ」
 借りだの貸しだのそんなことを言っている場合ではないとカヤは思ったが、ヒルデは槍を組み立てた。ネジ式になっている刃、分解された柄を組み立てる。そして留め金をはめた。刃は鞘が取り払われて、鈍い光を放った。その鋭い切っ先にはちらちらと赤いものが踊る。まだ燃え上がっているエーヴィヒ王国の王都を燃やす炎だ。
 アンネローゼも剣を抜いた。
 上着を脱ぎ捨てる。
 夜風に上着はすこし流されて、下草の上にばさりと落ちた。金色の髪が、夜風にながされて豊かに揺れる。その瞳には迷いもなく、厳かですらあった。ブルーの瞳には、冷静さが戻ってきていた。
 それを見て、とりあえずカヤは差し出がましい口をきくのを控えた。
「カヤ。シャルロットを守って」
 戦いに専念するよりも、どこにいるか分からない伏兵を警戒しながら、シャルロットのような小さい子供を守ることの方が難しい。それがわかっている口調だった。カヤもよく理解していたので頷いた。
 アンネローゼは、八本のナイフを持ったアッフェと、ヒルデは猛獣使いカッツェとライオンのラッテと向き合った。
 アッフェもカッツェも構えていない。薄ら笑いさえしている。
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