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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第11話

「ヒルデお姉様、武器、どこかにないかしら?」
「近くに小さいけど武器庫があるから持ってくる。待ってて」
 ヒルデは二つ年下のカヤに命令されることをいとわず駆け出した。ちょっと前のヒルデならそのことに不平を鳴らしただろう。
 カヤはシャルロットの舞踏会用の衣装を脱がした。宝飾品は外して、近くにあった小さな革袋に詰め込んだ。逃げるのにも金がいる。この革袋をもって逃げようと思った。シャルロットの化粧も落とさせる。
 アンネローゼは自分で手早く服を脱ぎ捨て、着替えだした。カヤも着替えた。
 ヒルデはすぐに戻ってきた。
 剣が二本と槍が一本。それと……。
 カヤは無言で短剣を手に取った。武器は四つ。この小さな武器が誰のために持ってこられた物かすぐにわかった。それでも茫然としてしまった。小さなシャルロット。六歳のシャルロット。彼女ではこのもっとも小さな武器でさえ手に余るだろう。
 カヤはヒルデから剣と短剣を受け取った。
 着替え終わった四人は、なんとか普通の娘に見えなくもないという格好だった。あくまで王都の上流階級の娘を普通というのならだが。それでも王族には見えにくくなっただろう。
 四人は王都では一般的なロングスカートの服装になった。カヤは短剣をロングスカートの下に隠すように、腿にベルトを使って留めた。それを見て、アンネローゼもヒルデも唖然とした。淑女として、まして王族としてそんなことをする作法など教わったことなどないのだろう。そんな視線を無視してカヤは針金をつかった髪留めを無造作に耳の横あたりに二三本つけた。剣を隠せるような上着をさがし、アンネローゼとヒルデに渡した。ヒルデの持ってきた槍は分解することができた。シャルロットは武器も上着もない。カヤがシャルロットを抱えて走ることになるかもしれないから軽くしたのだ。
「いきましょう」
 カヤが言った。アンネローゼがまたもや先頭を走る。
「逃げ道は……」とカヤが言いかけると、アンネローゼが、
「わかってるわ。正門から逃げようとしたりしないわよ。まかせて」
 アンネローゼは細い通路を使ったりして、巧みに正門とは反対の方向に走った。城の裏手には大きな川が流れているし、橋もない。けれど、カヤは心配しなかった。おそらく抜け道があるのだろう。秘密の地下通路が。
「ねえ、あのピエロの使った力って何? カヤは何か知っているんでしょ?」
 アンネローゼがそう言うと、ヒルデもカヤを見た。二人の目は真剣だ。カヤが抱きかかえるように走っているシャルロットもじっとカヤを見つめている。
「はい。けれど、詳しくは知りません。説明ができないんです。古くに文字の伝承と同時に伝わったとは聞きました。ただ、たとえば王国の文字が元々どの言語から生まれたのか、そもそもの始め、その言語を使ったり、その呼び名をつけたのは誰なのか分からないように、……いまの私たちには力の正体がわかりません。ただ、そういう力があり、扱うこともできる……ただそういうことが分かっているだけです。力は、流浪の民の中でも一部の者にしか使えません」
「要するに使い方だけはわかるってこと?」
「はい」
「じゃあ、あのピエロ、……たしかヴァールとかいったあの男は、あなたの仲間なの?」
 ヒルデが聞いた。
「いいえ。……流浪の民の出だとは思いますが、知り合いでもないですし、無論、仲間でもありません」
「そう」
 カヤは姉たちの質問に即答していたが、シャルロットがふいに発した質問には、とっさに答えられなかった。
「お母様は、どこ?」
「――――」
「お母様は? お母様は?」
「きっとご無事です」
 カヤはそう言って、ぎゅっとシャルロットの手を握った。
 アンネローゼもヒルデも何も言わない。海千山千の人間を相手にしてきているといっても、十六と十五の娘でしかない。
 秘密の地下通路の在り処に着いた。埃を被った日用雑貨の置かれている小汚い倉庫だ。鍵もかかっていない。
 アンネローゼは床にしゃがみ込むと、床のタイルを三つ規則正しく何度か押した。すると、床の三つのタイルがズズズと沈み込み、カチリと音がすると、倉庫の突き当たりの壁に腰ほどの高さの穴が空いた。
「清潔とはほど遠いけど、この通路なら王都の外まで出られるわ。城壁も川もこえられる」
 アンネローゼが先頭を行き、次にヒルデが続いた。カヤはシャルロットを先に行かせて、最後にしゃがんで通路に入った。
 カヤはかがみ込み、かび臭い通路の中、手探りでスイッチがないか探した。おそらくあるはずだ。通路が開いたままでは秘密の地下通路としての役割が果たせない。
 カヤの予想通りスイッチがあった。押すと、地下通路の入り口が閉まり、完全な闇に満たされた。
 カヤは三人の後を素早く追った。
 下に傾斜していた狭い通路が今度は上に傾斜し始め、やがて光の差し込む場所が近づいてきた。月光だろう。けれど、なぜか薄紅色の光が混じっていた。
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