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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第9話

 ヴァールの顔――白い仮面のように厚く塗られた化粧の上に、赤い点が、点々と幾つもつき始めた。水玉模様の三角帽子は、赤い水玉がたくさんできている。
 カヤは茫然とピエロのヴァールを見つめた。その黒い瞳。カヤの母と同じ流浪の民のいくつかの部族に共通する目を見つめる。
 ヴァールの顔の横に並ぶように、赤い玉の中でもっとも大きな赤い玉が上がった。それは回転しながら宙に上がり、ふいに二つのブルーの小さな丸いものが光った。シャンデリアの光を反射したのだ。
 それはつい先程、化粧室で、カヤに愛に満ちた眼差しを送っていた目だった。国王ローレンツ二世の目だ。そして頭部の次に宙に上がったのは――ふいにすべてに気づく――切断された手、足…………。
 カヤは悲鳴を上げた。
 ちょうどピエロにもっとも近い場所にいる何人かの貴婦人たちや紳士たちも赤い玉の正体に気づき悲鳴を上げ始めた。絶叫がこだまし、嘲笑うかのようにドラムロールは続いている。
 カヤはさすがに両足がふらつき、血の気が引いた。
 カヤの前にいるアンネローゼもヒルデも、武術の腕うんぬんはともかく、一歩も動けずにいた。
 華やかなパーティー。豪華な食事。美しい衣装。その何もかもが、いま目の前で起きていることと繋がらない。
 カヤはやっと我に返って、シャルロットの目を手で覆った。けれどもうすでに、まばたきを忘れたように、自分の父がお手玉にされるのを見つめていた。
 ヴァールがゆっくりと口を開いた。
 すると、あれほど鳴り止まなかったドラムロールが止まった。
「紳士淑女の皆様」
 ヴァールの声は会場の隅々にまで響いた。部屋の構造もあるが力を使っているらしい。
「そして善良なる市民を代表されている富める方々」
 ヴァールの声は、サーカスのテントの中で聞いたものと同じく、平静。自分がお手玉にしているのが、この大陸最大の王国エーヴィヒの国王ローレンツ二世だと知らないかのように。
「さきほどは失礼致しました。私は雨が苦手でしてね。とある忌々しい大国の軍隊によって、軽いトラウマになっているのです。あのままでは興行に差し支えるので、急遽取りやめにさせて頂いたのですよ。雨が止まなければ、第二幕まで取りやめになるところでした」
「あ、あの者を壇上から引きずり下ろせ!」
 やっとのことで誰かがそう叫んだ。
 衛兵達が細身のピエロ、ヴァールに向かって殺到する。
「《そよ風(リュフトフェン)》」
 ピエロのヴァールがそう言うと、衛兵たちは吹き飛ばされた。
 それでも果敢に立ち上がり、ヴァールのもとに駆け寄ろうする衛兵たちを見ると、ヴァールは囁くように言った。
「まるで道化だ……。自分の頭で考えず、与えられたことのみを遂行しようとする。道化はひとりで十分だろう?」
 そうして自分のジョークに、一人でくすくす笑った。笑みを貼りつけたまま、
「《風(ヴィント)》」
 一瞬、何も起こらなかったかのように見えた。
 静寂の中、ゆっくりとホールのあちこちで赤い染みが広がる。
 さきほどヴァールに剣で切りつけようとした衛兵たち、ホールのあちこちから駆けつけようとしていた衛兵たち、ヴァールの背後に忍び寄っていた衛兵たち……彼らは首や胴を切断されて転がった。
 カヤは震え続けていた。
 力――カヤも使える力を、目の前のピエロはとんでもなく高度に使いこなしていた。同じ能力があるゆえに、カヤはピエロのヴァールの実力を推し量ることができ、恐慌状態に陥りそうになっていた。懸命に自分を奮い立たせ、目隠しをしてあげているシャルロットを急いで抱きしめた。衛兵達は全員即死。けれど、生き残っている者たちの悲鳴が上がっている。それを聞かせないように、目だけでなく、耳も塞いであげようとした。けれど、無駄だっただろう。
 楽団の演奏はとうに終わっている。ドラムロールもない。けれど、それ以上に、人を錯乱させる音声がホールいっぱいに広がっていた。
 アンネローゼの顔は真っ青だった。カヤはアンネローゼが気を失うと思った。けれど、先に気を失ったのはヒルデだった。
 アンネローゼはヒルデを支えた。一つ下の、顔がそっくりの妹を見て、彼女はなんとか自分の精神を立て直したらしかった。
「カヤ……」
 アンネローゼの声はひび割れていた。
「はい」
「逃げるべきよね」
「ええ」
 カヤは頷いた。
 アンネローゼは本当に強いのかもしれないと、カヤは思った。周囲にいる貴族の幾人かは目を血走らせ、自身の信仰する伝統と誇りを傷つけられたとして、いますぐにでも報復しようとしている。
 けれど――。
「今は逃げなきゃ」
「はい、お姉様。……おそらく王族が狙いなのでしょう」カヤはそう言い、そう考えた理由は言わなかった。真っ先に殺された人物が誰で、いま姿が見えない王妃がどうなっているのだろうかなどと、いまは言うべきではない。
「けど、逃げるのはかなり難しいわ。……見た、今の? 何よ、あれ。透明な刃でも振るったっていうの?」
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