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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
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第8話

「そうでしょうね」カヤはしっかりとうなずいて、ローレンツ二世の目を見て言った。
「わかりました。差し出がましいことになるかもしれませんが、お姉様ふたりと妹のシャルロットのことはお任せ下さい」
「おお! ありがとう、我が娘カヤ!」
 カヤは手を握られるのかと思ったら、いきなり抱きしめられて驚いた。

 ローレンツ二世はあとで来るということだった。カヤはとりあえず侍従に、姉たちのもとに案内されていた。
 廊下を抜けてパーティー会場に出ると、カヤはさすがに感嘆の声をあげた。
 まるで草原に陽が差しているかのように見渡すかぎり明るい。シャンデリアは、太陽のように明るく、月にかかった雲のような繊細な光を放つ細工が施されていた。宝石より綺麗だわ、とカヤは思った。
 パーティー会場を、黒のタキシードを着た紳士たちと、熱帯魚のように華やかな淑女たちが行き交っている。
 心持ち侍従との距離をつめて、カヤは歩いた。はぐれてしまいそうな気分になったのだ。
 しだいに姉たちが見えてきた。姉のアンネローゼとヒルデだけでなく、妹のシャルロットもいた。周囲に、面倒にならない程度に取り巻きがいる。
「遅くなって申し訳御座いません……」
 アンネローゼは振り向いた。カヤを見て軽く息を呑んだ。
 それほどカヤの頭上の黒い宝石のある冠がさまになっていたのだ。
「まだ、そういった宝飾品は似合わないわね」
 アンネローゼがそう言うと、ヒルデが笑った。カヤも微笑みそうになったが、急いで顔を引き締めた。アンネローゼが心とは正反対のことを言ったのは明らかだったが、そんなふうに笑ったらプライドの高いアンネローゼをカンカンに怒らせてしまう。
「カヤお姉様、とってもドレスも、頭の上のティアラも似合っていてよ」
 シャルロットはおしゃまな口調でそう言った。これにはヒルデ以外の人間も微笑んだ。アンネローゼとカヤも微笑んだ。
 アンネローゼはちらりとカヤを見たが、何も言わなかった。
 おや? とカヤは思う。けど、なんとなくアンネローゼの変化がわかった。胸の中を温かい空気が満たすような気がした。アンネローゼはカヤを少しは姉妹として認めてくれ始めたのだ。もちろんパーティー会場でもあり、主賓でもあるカヤにあまりつっけんどんな対応はできないと思い直した部分もあるだろうが。それでもアンネローゼは自分の言いたいように言い、やりたいようにやる性格だったから、本気で嫌なら何か小言を言うはずだった。
 ヒルデがカヤの肩をそっとつついた。
「よろしくね、カヤ」
 囁くようにヒルデが言った。
「はい。お姉様」
 カヤの胸をまた温かな空気が満たす。
 カヤは母親と二人暮らしだった。兄弟姉妹はいなかった。けど、そういったものに憧れはあった。
 カヤは手を握られた。ちっさな手だ。見るとシャルロットだった。
「これからいっぱい遊ぼうね? ね?」
 シャルロットは友達に言うように言った。
「ええ」
 カヤはシャルロットに微笑んだ。
 パーティーが本格的に始まった。
 カヤにとってはすべてが初めてで、軽く挨拶を交わす程度でも相当気疲れした。だから、アンネローゼとヒルデ、他にも周囲にいる何人かがそわそわし出した理由がすぐにはわからなかった。
「遅いですわ、お父様……主賓のカヤがもう来ているのに」
 とヒルデが言った。
「きっとお色直しに時間がかかっているのよ」
 とアンネローゼが軽口を叩いたが、その目は少し不安そうだった。「何かあったのかしら?」
「何かって何?」
 ヒルデが聞き返す。
 ふいにドラムロールが鳴りだした。タキシードを着た男がドラムロールを鳴らしている。その男は、小柄で異様に腕が長かった。カヤは目が良いし、目敏い。その男が、あのサーカスの舞台で見たアッフェだと気づいた。
 カヤは不審そうに眉を寄せた。けれど、カヤ以外には気づいた者はいないようすだった。もしくは気づいたとしても、楽団ごとき誰がやろうと関係ないと、貴族や富豪たちは思ったのかも知れない。なによりこの音は王の入場を知らせる音だったのだから。
 ドラムロールが始まると、楽団も演奏を始めた。その演奏はどこか微妙に音がずれていた。カヤは楽団を見た。その顔は汗びっしょりだ。
 カヤはまた不審そうに眉を寄せた。
 やがて、パーティー会場のもっとも奥、階段状になった舞台の奥の廊下から、一人の男が現れた。
「え……」
 会場に、静寂が満ちた。楽団の演奏が止まっている。けれど、ドラムロールだけは嬉々とした音を奏で続けている。
 現れたのは王ではなくピエロ。それも曲芸をしている。あのピエロのヴァールが、サーカスの舞台で見せたようにお手玉をしている。
 かなり大きな、やや歪な形をした十数個の赤いボール。赤いボールは、なにか宝石でも埋め込んでいるかのようにときおりキラキラとシャンデリアの光を反射した。
 ぴしゃぴしゃと、そのボールは濡れているらしく、赤い飛沫を、空中に孤を描くたびに飛ばす。
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