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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第3話

「お父様も怖いのですか?」
 怖い? とローレンツ二世が聞き返そうとした。が、その声が呟きの域を出ない内に、アンネローゼが大きな声を上げた。
「まあた、言ってるの、あなたは」
 アンネローゼはあきれた表情をした。その横で今度はヒルデもアンネローゼに同意するように頷いていた。
 シャルロットまで、つぶらな瞳で一心にカヤを見つめていた。まだシャルロットは、新しくできた姉、カヤに慣れていないらしく、ときおりじっと見つめることがある。
 カヤはみんなに見つめられたので、軽く謝って、視線を舞台に移した。
 戦争ができるかもしれない――、とカヤは思った。
 それだけの武器があり、手頃な人質もいる。ここにいる人間は皆、王侯貴族、富豪ばかりだ。無論、見張りや護衛はいるが、これだけの人数と武器、猛獣までいるのなら不可能ではない。
 ローレンツ二世はカヤの手を握り締めた。
 十三歳のカヤは母を早くに亡くし、肉親の情に飢えていた。
 父に手を握られると、うれしくなって微笑みかけた。
「お父様?」
 ローレンツ二世は、妻や他の娘たちに聞こえないように小声で言った。
「戦争を思い出した」
「やっぱり……」
「といっても、遠征のときの天幕を思い出しただけだ。このテントを見てな。……もうこの世界は平和で、幸せに満ち溢れている」
 いろいろ気に入らないこともあると思うが、どうか娘たちと仲良くしてやってほしい、とローレンツ二世は言葉を結んだ。
 カヤは最後の言葉にだけ頷いた。
 ふいに舞台が明るくなった。
 一人のピエロが、おどけた仕草で舞台の中央に立っていた。
 カヤは目をローレンツ二世に向けていたから当然だったが、いつの間にピエロが現れたのか分からない人ばかりだったらしく、さっそくキャアという歓声が上がった。
 シャルロットも「すごいわ、すごいわ、お母様!」と喜んでいる。
 カヤはピエロを見つめた。
 ピエロは水色の地に赤い水玉のある三角帽子をかぶり、手足には大仰な白いフリルのついた道化師の格好をしている。顔は白く塗られ、頬と口は赤く塗られている。目元のメイクだけはちょっと珍しい。左目の下には水色の雫の形をした涙が描かれ、右目の下には図案化された剣が描かれている。
「当サーカスへようこそお越し下さいました」ピエロは恭しく述べた。「エーヴィヒ王国の高貴なる方々――民の羨望と信仰を集める方々!」
 最後の方は芝居がかって声が大きくなった。
 なぜかカヤは背筋が冷たくなった。
 それは、そのピエロと共感する部分がカヤにあったためらしい。その証拠に、他の千人ほどの「高貴なる方々」は誰一人、ピエロの声の調子に違和感をもった様子はない。むしろ当然といった顔で、アンネローゼなどはピエロを見つめている。民の羨望? 民の信仰の対象? ――当然。そう顔に書いてある。
 カヤは自分がバルコニーで見下ろした民の目に「盲信」という言葉を連想したのを思い出した。そしてこの自分の黒い、王族にしては短すぎるセミロングの髪に向けられた、信じられないほどの侮蔑の表情を。
「わたくしは、当サーカス団の団長をしております。ヴァールと申します」
 ピエロは深く深く一礼した。
 あまりにも長く頭を下げたままなので、カヤがちょっと不審に思ったほどだ。カヤは草原で育ち、狩猟をして生活したこともあるので、気配を読むのが上手い。サーカス団の団長、ピエロのヴァールが、興奮と嬉しさに肩を震わせているのが分かった。
 王都でサーカスを行えるのがそれほど嬉しいのかしら? …………それも当然かもしれない。大陸の大部分を支配したエーヴィヒ王国。その王都で、成功を収めればきっと引く手あまたとなり、大きな収益につながるだろう。カヤは少し考えてみた。
 ピエロは顔を上げると、背後に手を回したかと思うと、いくつもの赤いボールを取りだした。柔らかいボールで、ぎゅっと握れば片手でいくつも掴めるらしい。全部で十以上ある。
 それでピエロはお手玉を始めた。
 観客は固唾を呑んで見守っている。
「《そよ風(リュフトフェン)》」
 ピエロがそう言った。カヤがしゃべるエーヴィヒ王国の公用語のような独特のイントネーションがある。
 ピエロの声とともに赤いボールが宙に上がる。
 観客席から小さな歓声が上がった。
 カヤは、ピエロの不思議な響きの声を聞くと、反射的に身構えていた。
「《風(ヴィント)》」
 赤いボールが天井付近にまで達すると、ピエロが鋭く言った。
 カヤの体が反射的に動いた。
 ふいに赤い玉が弾けた。同時にたくさんの赤い花びらが誕生した。
 突如生まれた無数の赤い花びらが、天井から、観客席や舞台に降り注いでいる。それは本物の花びらのように軽やかにひらひらと舞う。
 大歓声が上がった。
 歓声の中、赤い花びらが舞い落ちている。
 そんな中、ピエロは、また大きく一礼し、前と同じように頭を下げた状態で肩を震わせ、そして何事もなかったかのように顔を上げた。
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