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復讐の王女の伝説

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: そばかす
目次

第1話

 その日、エーヴィヒ王国の王都の上空には雨雲が横たわっていた。すぐにでも降りそうな気配である。
 しかし、その雲の遥かした、エーヴィヒ王国の王都の中央広場へと続く大通りは、大変な人出で熱気に包まれていた。
 ライオン、ゾウ、クマ、トラ、キリンといった動物たちを入れた巨大な檻を乗せた馬車が数珠つなぎで大通りに続く。先頭にはピエロがいて、赤い玉を十三個も使ってお手玉をしている。
 ふいに巨大な歓声が上がった。
 ――ついに来た。
 民衆はある者は口に出し、ある者は心の中で叫んだであろう。
 この曇り空に、民衆が溢れかえっているのは、あるものの到着を待っていたためだ。窓に顔を並べている者も屋根に腰かけている者も一様に目を見開く。
 それが上空に現れたとき、巨大な雲の下に入ったのかと思われた。曇天の下、辺りが一層暗くなる。それほど巨大な影。
 それは編隊を組んだ竜の群れだった。大きな翼を広げ、下界を見下ろすことなく、悠然と飛ぶ巨大な竜。その全長は優に並みの家屋の三倍強はある。それが七体。
 大人たちさえも口を開けて空を見上げている。子供たちは大はしゃぎだ。
 このサーカス団は昔から王国の住人たちの退屈を紛らわせてきた。そして最近は竜を手なずけ、サーカスの出し物にするようになった。そう、ちょうど百獣の王を調教し、操れるようになったように…………。

「大盛況ですね」
 城のバルコニーで小鳥の囀りのような快い声がした。しかし、少々このエーヴィヒ王国の公用語のイントネーションに不自然な響きがある。まだ慣れていない。そういう印象を聞く者に与えるだろう。
 さほど興奮した様子もなくそう評したのは、黒いドレス姿の十三歳くらいの少女である。このバルコニーにいる人間の中で唯一黒い髪をしている。
 その娘以外にも、バルコニーには年齢が違う少女が三人と一組の男女がいた。全員、色調の差こそあれ、金髪である。
 中央に立つのは国王ローレンツ二世、その隣にいるのは王妃エディタ。
 四人の少女たちは、国王の娘たちである。ただし、先ほど声を発した黒髪の少女だけは、王妃の娘ではなかった。
 王妃のそばに、よく似た二人の美しい少女がいる。長く伸ばした金色の髪までそっくりだ。
 四姉妹最年長の十六歳のアンネローゼは赤いドレスを着ている。長身でやや痩せ気味な体。鼻筋の通った鼻を心持ち上げて、下界の人々を見下ろしている。装飾品は王妃さえも抜いてもっとも多彩だ。センスよく身につけている。
 一つ年下の次女ヒルデは黄色いドレス。金髪碧眼で姿形こそ姉のアンネローゼに似ているが、ほとんど装飾らしい装飾を身につけていない。気質はずいぶん違うようだ。姉よりもやや大きな活動的な瞳は、彼女の魅力を引き出している。その瞳はせわしなく動き、今は竜に向けられている。
 五人からやや離れて立っているのは黒いドレスのカヤ。二人の姉たちに劣らぬ美しさだ。しかし、姉たちに比べてドレスの着こなしにやや違和感がみえる。王妃や三人の王女たちと違って、髪が肩ほどの長さで短く、そして黒い。
 瞳だけは深いブルー――姉たちと同じだった。
「怖い。お母様!」
 ふいに王妃の背後から声が聞こえた。幼い子供特有の甲高い声だ。
 と、同時に、王妃の体が大きく前後に揺れた。
 その王妃の腰から顔を半分だけ覗かせたのは、四女のシャルロット。つぶらな青い瞳と、金色のふわふわの巻き毛が片方だけ見えている。
 シャルロットは王妃を見上げた。
「ねえ、お母様、……竜たちは襲ってこない?」
 おっきな瞳いっぱいに涙を浮かべて、王妃のスカートを握り締めている。公式の場のためおめかししている。その姿と甘える仕草とがアンバランスで、どこか微笑みを誘う。
 王妃はシャルロットに微笑んだ。
「大丈夫よ、シャル」
 王妃はシャルロットを愛称で呼び、かすかに震える手にそっと自分の手を重ねる。シャルロットは王妃の手を掴んだ。
「お母様、竜って、おっきな戦争のときに戦ったんでしょ?」
「そうね。でも、それを言うならゾウだってそうなのよ?」
 シャルロットは目を見開いた。
「ほんと?」
「ええ。ほんとよ」
「ほんとのほんと?」
「ええ」
 優雅に微笑む王妃を見て、シャルロットは安心したように息を吐いた。
 ゾウは今では檻に入れられたり、荷物運びの道具のひとつにされたりしている。だから、竜もいまではそうなったのだ。そう王妃は言外に言ったのだった。
 カヤは空を見上げた。
 巨大な黒い影たちがまるで雲のように穏やかに動いている。下界の騒ぎなど気にせずゆったりと竜は翼を動かしていた。
 竜を招き入れる王侯貴族。それを称賛する民衆。
 平和になった……そう言うべきなのかもしれないが、カヤは、どうしても彼らのように手放しで喜べなかった。むしろ、王宮の一員として冷たい汗がつたう気さえした。
 王妃の言うほど戦争は以前のものではない。シャルロットはまだ六歳だったが、情緒や口調は年相応でも、非常に頭が良くてよく本を読んでいる。
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