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砂漠の乙女

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: konann
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第五話

 無力な私は雷雨の中にいた。

 雨が音を立ててしとどに降り注ぎ、目元から頬骨を伝っていく。

 雷は執拗に瞬いて、私の心を不安で乱す。

 風が私の髪を巻き上げて、視界を遮る。

 そうして、その嵐の中で膝を抱える。ざぁざぁという激しい雨の音と稲光、そして頬を流れる雨粒の感覚だけが鮮明であった。寒いとも恐ろしいとも思わず、故に現実感は無い。もしかしたら夢の中にいるのかもしれない。それとも、まだ酩酊していて幻覚を見ているのか。

 混濁の中で沈殿と浮上を繰り返す意識が、それでも必死に追い求めるのは、目の前にある現実ではなく、過去の記憶。

 そこで語られた、物語。


『枯れ果てた故郷を救うため、一人の女が旅に出た。彼女を突き動かすものは、故郷を愛する心ではなく、使命感だった。そもそも彼女には、感情が無かったのだ。

 彼女は故郷を出てすぐ、小人と出会った。漠然と故郷を思い出した。

 山に登って、巨人と出会った。美しかった故郷を思い出した。

 お城に辿り付いて、怪物に襲われた。優しかった故郷を思い出した。

 そこを騎士に助けられた。枯れてしまった故郷を思い出した。

 泉に行きつき、優しい妖精に諭された。優しく諭された。乙女は、泉に映る自分の貌をまじまじと見つめた。輝く故郷を想像した。

 一人、砂漠に佇んだ。故郷が愛おしかった。

 旅路の中で、彼女は感情というものを手にしていた。

 滅びていく故郷が哀しいと思った。救う手立てのない自分が悔しかった。辛くて唇を噛みしめると、瞳の奥に熱が灯った。

 女は、叫ぶようにして泣いた。何もかもをかなぐり捨てて、砂漠の真ん中で転げまわりながら、涙した。

 そして、不意に、女の頬に涙とは違う冷たい雫が伝った。

 驚いて、顔を上げた女の視線の先で。

 ――空が、泣いていた』



 その物語を聞いた時、また私は、私らしくなく流動した。ドロリとした。そうして、すごく優しい気持ちになった。とても素敵な物語だと、今思えば、私は感動していたのだ。

 語り終えたアイツの嬉しそうな顔を見ていた私の冷たい心が融解していった。すごく温かくて不安定で曖昧な、そんな柔らかい感情がまたドロリ。

 気障な私はやがて気恥ずかしくなって、悪態を吐くのもいつものこと。

 それによってアイツの顔が曇ると、また心が流動して、酷く哀しい気分になった。そして私はまた、暗い自己嫌悪の海に沈む。

 その不安定さが心地悪くて仕方ない。

『愛していたんだろうさ』

 去来するのは老人の声。


 私は耳を塞ぐ。そんなわけがない、と口が動く。

 だって私は未だに、涙の一つも零せないじゃないか。

『愛していたからだね』

 ……違う。

――別れようか。

――お前が嫌いになったわけじゃないんだ。でも、もう、好きでもないんだ。

――お前だって俺のこと、好きじゃないだろ?

 ……違う。

――俺が一緒にいなくたって、お前はすごく強いから。
 違う……。

――一人で、大丈夫だよね?

――『えぇ、大丈夫よ』

 ……大丈夫、な、わけ、ないのに。
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