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ビムビムの実の能力者の冒険

原作: ONE PIECE 作者: 茶木代とら
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第四十六話 回想、これからのこと(三)

実はヴァレリーは、はっきりとした目的があってマリウスに近付いた訳ではなかった。動機として挙げられるものがあるとすれば、本人に自覚はなかっただろうが、コンプレックスだった。
ヴァレリーは、かつての自分と同じ立場の者が、どういう日常を送っているのか興味があった。そして彼らと交流を持つことで、自分の根底は彼らと同じであるということを確認したかったし、短時間でも昔自分がいた世界の空気を味わいたかった。
責任を担うことに苦痛を感じ、自由を求めて自ら出奔という道を選んだにも係わらず、ヴァレリーは自分が特別な地位にあることを好んだ。
そして同時に、自分と同じ立場だった者が、何らかの形で失敗すればいいと考えていた。自分にできなかったことが、他の人間にはできるということが面白くなかった。
ここまでであれば、屈折した人間によくあることで済んだだろう。しかし、ヴァレリーはそこでとどまらず、自分の欲求を実現させるための行動を起こした。
ヴァレリーにとって幸いなことに、マリウスは様々なことに悩んでいた。前国王である父親の体調は優れなかったし、政治的に対立する諸侯達に何かと翻弄され、心無いゴシップに傷つけられていた。ヴァレリーが付け入る隙は、十分にあったのだった。

屋敷に着くと、ヴァレリーは少し早い時間ではあったが夕食を運ばせた。パブで食い損なっていたのだ。
(さて、どうしたもんか)
マリウスはヴァレリーに助言を求めてきたが、ヴァレリーにそんなことができるはずがなかった。初めから、行き当たりばったりに、さもそれらしいことを言っていただけに過ぎないのだ。マリウスが混乱して誤った行動を起こし、失敗する様子が見られればそれで良かった。
つまり、自分の目的は今達成したのだと、ヴァレリーは思った。しかし、この場からどうやって逃げようか。
「そういうこともあるさ。焦らずゆっくり構えることだ」
ヴァレリーはとりあえずこう言ってみた。
マリウスのほうも、ヴァレリーの態度がこれまでと変わったことに気が付いていた。今まではあんなにも真剣に話しを聞いてくれていたのに、今はそれが感じられない。
「しかし、急いで軍事費用をプールしないと国を守れなくなってしまう。それには…」
一瞬だが、マリウスはヴァレリーの目の中に、自分への憎悪が光ったのを見た。
「いえ…何でもありません。これは私が考えなければいけないことです」
マリウスはこれ以上の発言をやめた。マリウス自身も急激に冷めていた。
ヴァレリーは急に朗らかになって、いつもの調子でバスコニア王国がいかに狡猾か、オクタビア妃がいかに考えなしで、自分勝手に国益を損なう行動をしたか等を話し始めた。
しかし、これらはマリウスの心には全く響いてこなかった。マリウスは具体的な策を相談するために来たのであって、ゴシップと同じレベルの雑談を聞きに来た訳ではない。
この段階になって、やっとマリウスはヴァレリーに政治的な知識や理念といったものが何もないことに気が付いた。
ヴァレリーはこれまでと変わっていない。マリウスは、自分は今までこんな内容の話しに懸命に聞き入っていたのだろうかと不思議に思った。一瞬にしてこれまでのものが崩壊していた。
(でも、この人は明らかに僕の危機感を煽って指示を出していた。この人なりにこの国のためを思ってやったことなのか、または他国のためか…。いや、違う。何かはっきりした目的があるようにも思えない…)
結論はすぐに出た。
(おそらく、単なるゲームだ。自分が国王である僕を操っているという満足感もあったんだろう…。結局は、僕に対する悪意か…)
しかし、それで彼を何らかの罪で罰することができないことはマリウスにも分かっていた。
一般の人間が国王に対して、どこかで聞いた噂話や政治に対する個人的な考えを話したからと言って、それがどんな内容であったとしても、何かの罪になるということはない。相手の話しを鵜呑みにして、それに基づいた行動をとってしまったのは、国王である自分なのだ……………
マリウスの意識が一瞬遠のいた。ヴァレリーの話しが退屈だったからだろうかとマリウスは思った。
「おいおい、人が話しをしている最中に居眠りするんじゃない」
ヴァレリーがニヤニヤ笑いながら言った。
「使用人に言って寝室に案内させよう。お疲れのようだ」
マリウスの頭は、ぼんやりとしながらもまだ機能していた。機敏に動いたり、話したりすることがどうしてもできない。迂闊にも何か薬を飲まされてしまったようだった。
「俺は外出する。帰りはいつになるか分からない。この屋敷は好きに使うといい」
ヴァレリーはフラフラし始めたマリウスの様子など頓着せずに話し、さっさと出て行ってしまった。

その後、マリウスは何とか醜態をさらさずに寝室に行き着くことができた。
不思議と気分がすっきりしていた。ヴァレリーが言っていたことが事実とは限らないということが分かって、精神的な呪縛が解けたのだった。
自分がしでかした失策を後悔する気持ちもあったが、今は安堵感のほうが大きかった。ヴァレリーが示していた”敵“は、半分またはそれ以上が幻だったのだから。その中には、アルもいたし、オクタビアもいた。
それから数時間、マリウスは久しぶりに深い眠りに落ちた。
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