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英雄幻葬譚

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: konann
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第拾肆話

「悪い。ちょっとタンマ」

 不意に話を中断したジークフリードの瞳が脂ぎった殺気に光る。しばらく訝しげにしていたヒルダも、ジークフリードの視線の先で何が起ころうとしているのか察したらしく、無言で頷いた。

 ジークフリードの視線の先には隙間風吹き荒ぶ、崩れかけた壁。防衛と調伏の魔法陣が描かれた壁だった。

 そこを数秒、無表情でじっと見つめた後、ジークフリードは面倒臭そうに腰を上げた。一直線に壁には向かわず、扉の左方にある棚に立て掛けてあった愛用の片手剣を手に取る。

「待ってろ」

 ヒルダにそれだけ言うとジークフリードは扉の取っ手に手をかけた。ヒルダは自分も行きたいとでも言いたげな顔をしていたが、気付かないふりをして牽制する。ヒルダ自身は気付いていまいが、今の彼女に戦闘能力は皆無だ。

 キ、キ、キと予想通り不快な音を立て、その扉はぎこちなく開いた。後ろ手に扉を閉めると、壁沿いに歩き出す。目指すのは、先ほど睨みつけていた魔法陣の描かれた壁の先だ。

「……」

 またしても予想通り。そこに広がっていた光景に、ジークフリードは心底疲れたように溜息をついた。

 そこには肉食性の大きな魔物の姿。見た目は大きい猪のよう。月明かりに照らされた茶色い毛並みはまばらに固まり異臭を放っている。返り血に濡れていることは一目瞭然だった。 
  
さらにジークフリードは魔物の足元へと視線をやって、そこに見えたものに少しだけ不快そうに眉を動かした。

「派手にやられてんな」

心底月明かりを憎んだ。見ていて気持ちのいいものではない……人間の肉塊など。

恐らく、町の外にでも出たときに襲われて食われたのだろう。最早衣服や頭髪などは見受けられず、胴体を食い破られ臓物が食いつぶされている。手足も千切られたのか、見当たらない。唯一人間だと判断する材料は、僅かに形を残した顔の一部だけ。それがなければ、ただのドロドロした赤色の肉の塊だ。

人間の肉の味を覚えた魔物が、獲物を引き摺って次の獲物を物色しに森から出てきたと……そんなところだろう。

「悪いけど、ここは通行止めだ。他をあたれ」

よもや言葉が通じるとは思っていないが、それでも一応話しかけてみる。

当然ながら敵意むき出して唸る魔物。退く意思なしと見るやいなや、ジークフリードは片手剣を鞘からズラリと引き抜いた。

途端、魔物が地響きにも似た咆哮を上げて、土を抉りながら突進してきた。ジークフリードはひどく冷めた目でそれを見やると片手剣の刃に手を添えて体勢を低くする。

鈍い音がして、両者の間に砂埃が舞い上がった。

魔物の口元に生えている牙に刃を突き立て、ごつごつと隆起する魔物の額を靴裏で踏みにじるようにして、ジークフリードは何食わぬ顔でそこに立っていた。力で押し切ろうと何度も地面を蹴る魔物に対し、ジークフリードは冷や汗の一つも掻かずにまるで平然としている。

「まだもう少しだけ、壊されたら困るんだよな、この壁」

そんな文句をこぼし剣に添えていた片手を離したかと思うと、大きな牙をその手で掴む。そしてそれを、軽々と頭の高さまで持ち上げた。より一層月明かりに照らされ、魔物の醜悪な姿がジークフリードの前に曝け出される。自分の体格よりも巨大な魔物を片手で持ち上げ、その汚らしさに顔を歪める青年。そんな異常な光景はそう長くは続かなかった。

手足をバタつかせ抵抗する魔物を無感動な瞳で見つめながら、ジークフリードは片手剣で魔物の柔らかい喉を一突きした。
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