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英雄幻葬譚

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: konann
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第拾弐話

聞いてくれるか、とヒルダを見つめた瞳。拒絶する理由はなかった。

 血生臭い森の中を肩を並べて歩きながら、ジークフリードは全てを語った。

 町を出てからドラゴンを倒すまでの旅路。英雄となって、世界中に讃えられたこと。ジークフリードの名を貰って、まっすぐこの町に帰ってきたこと。

そして、戦いの最中でドラゴンの血を浴びて不老不死になったこと。
「最初は呑気に喜んだよ。歳も取らなきゃ飢えも病気もない、伝説の不老不死だ。……けどさ、この町に帰ってくる最中に色々考えたんだ」

 ジークフリードの虚ろな視線が森の闇をふわふわと浮遊する。

「あぁ、俺このまま帰ってもヒルダや町のみんなと一緒の時間を過ごして、死ぬこともできないんだって」

 親しい人間がどんどん寿命を終えて、恐らく人類が滅亡しても自分だけこの大地に取り残されて、やがては何もなくなったこの世界を永遠に一人で彷徨い続けるのではないかと。

 それから恐怖にかられたジークフリードは憑りつかれたように自害を試みた。喉を潰しても、炎で身を巻いても、水の底に沈んでも。痛みや苦しみは確かに彼の身を蝕むのに決して絶命することはない。結局本来ならば死んでいるほどの痛苦に耐えかねて、回復魔法で体を戻せば全て元通り。

 自分は一体、何者になったのだろうと何度も何度も自問した。

「化け物だ」

 それが辿りついた答えだった。

「俺は化け物になったんだ」

 ジークフリードは自分の口元を手の甲で覆うが、震える唇は隠せていない。まるで自分自身に怯えているかのように、その瞳は揺れていた。

「英雄に……ジークフリードになんて、なりたくなかった」

 鬱々とそう語った瞬間が一番辛そうだった。

隣で黙って聞いていたヒルダはきつく唇を噛みしめている。不老不死という現実味のない言葉に、正直なところ実感は湧いていない。隣を歩くジークフリードは、旅立つ前の気さくな青年の姿そのままで、彼自身が語った非情な現実をうまく呑み込めていないのだ。

それでも、あのジークフリードが……シグルスがこんなにも暗い目をしている。それだけでも身を裂かれるような悲しみが伝わってくるというのに、当人は今どれだけ苦しんでいることだろう。

「だから私達と距離をとったの?」

 ジークフリードは少しだけ沈黙した後、重々しく頷いた。

「こんな体になって、化け物になって……もう、ヒルダ達のもとには」

 途中で切った言葉を無理に呑み込んで、ジークフリードは薄く息を吐いた。全てに怯えきった表情をもう隠すことはしていない。まるでヒルダの視線すら恐れているかのように肩を弱弱しく震わす彼を見て、ヒルダは切なさに疼く胸に手を当て、ふっと表情を和らげた。
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