隣の席の菅原君
初めて菅原を見たとき、天使をみているのかと思った。
「俺、菅原孝支。これからよろしく」
綿あめみたいなふわふわの髪をしてて、女の子みたいな白い肌で、涙ぼくろが少しセクシーで、こんな田舎の高校に来ててもいい人種なんだろうか。もう、芸能界とかの子なんじゃないか。きっと、趣味は音楽鑑賞(しかもクラシック)。放課後は大きなお屋敷で執事に紅茶を淹れてももらって優雅に過ごしているに違いない。
「よ、よろしくお願いします」
「今日からお隣さんなのに硬いぞ。気楽にいくべ」
以外にも訛っていらっしゃる。あれか、ここらの地主のお坊ちゃんタイプか。
眩しい笑顔に釣られて握った手は、以外にも硬く大きかった。こんな天使みたいな儚げでも、男の子なんだって、さらに恥ずかしくなった。
「おはよー」
「おはよう菅原君」
部活は美術部で風景画を描いているか、いやいや園芸部でお花を育ててほしい、なんてクラスでできた友達と盛り上がっていたが、菅原君は早々にバレー部への入部を決めていた。なるほど、だからあんなに手ががっしりしてたのか。納得したけど、少し残念だった。
まだ朝は冷えるけど、朝練を終えて教室に入ってくる彼の白い肌はいつもほんのり赤らんでいて正直心臓に悪い。いいけどね。
深窓のご令嬢みたいな見た目の彼だが、中身は意外とやんちゃらしい。この前、廊下で大きな男子に「シャフス!」と声をかけていたし。クラスの野球部の坊主頭をジョリジョリと撫でまわしていたこともある。あれはちょっと羨ましかった。
「何、考え事?」
「わ、ちょ、近いよ」
「へへ、わりぃ」
我に帰ったら至近距離に菅原君の顔があった。ビビった。心臓潰されるかと思った。ときめきに。召される召される。
私のリアクションに満足したのか、いたずら小僧みたいな顔をして菅原君は隣の席に着いた。窓際のその席に座った彼は爽やかな青空をバックにまるで一枚の絵画のようだった。
眩しいな。自然と目を細めてしまった。
空の色は、もう少し眩しい方がいい。もう少し先の夏の眩しい青がいい。きっと彼の髪色が映えるだろう。周りにひまわりを描くのもいい。きっと彼の輝く笑顔に映えるだろう。
放課後、一人教室でキャンバスに向かっていた。美術室で書いてもいいんだけど、クラスメイト、しかも隣に座る男子を描いているなんてなんだか恥ずかしくて、いつもここに来ている。
「これ俺? めっちゃ上手いな」
ギクリ
正直、一番見られたくない人の声がした。いくら部活で描いている趣味に毛が生えた程度だとしても、勝手にモデルにされてたら気持ち悪いだろう。むしろ毛が生えた程度だからこそか。どうしよう。ドン引きされてそう。声のした後ろを向けずにいると、名前が呼ばれた。私の名前。
油の切れたブリキのおもちゃみたいなぎこちなさで振り向くと菅原君がいた。彼は「よかった」と笑ってこちらに近づいてくる。何がよかったなんだ。
「一瞬人違いかと思ったよ。焦らすんじゃねーべ」
「ご、ごめん」
「俺、こんな風に見えんの?」
「ごめん」
彼の顔が見れなくて俯く。やっぱり不快な気持ちにさせてしまっただろうか。
彼の笑顔がもう見れなくなってしまうかと思うと、指先から体が冷えていくように感じた。
「綺麗な絵だな」
自然と口から零れ落ちたような言葉に、私ははっと彼の方を見た。彼の、菅原君の頬が仄かに赤くなって見えた。
「すっげー幸せそうな笑顔してんね。俺、こんな笑い方してんだ」
私はただ頷くことしかできなかった。すると菅原君はその場に座り込んでしまった。
「俺って、分かりやすいんだなぁ。はずっ」
椅子に座っている私の目線の下にふわふわの髪が見える。あ、つむじ。思わず手を伸ばしかけて、急に名前を呼ばれて慌てて手を引っ込める。
「俺、期待してもいいの?」
見上げられた視線はいつになく真剣で、髪から覗く耳が赤い。
期待? 期待とはなんだ。二人だけの教室、こんなシチュエーション、まるで告白みたいな――っ!?
「なっ」
「ひひ、真っ赤。そんな顔もできんのな」
「ちょ、もしかして揶揄ってんの?」
いつものいたずら小僧に戻った顔で、菅原君は教室をでた。やられた。完全にやられた。
「俺は真剣だし。絶対、俺のにするから」
廊下の窓から差し込む夕日に照らされた彼。それだけ言うと廊下を駆けていった。
あぁ、落ちた。何にとは言わないが、明日私はいつも通りに接することができるだろうか。それより前に、私はこの絵を完成させることができるだろうか。
「俺、菅原孝支。これからよろしく」
綿あめみたいなふわふわの髪をしてて、女の子みたいな白い肌で、涙ぼくろが少しセクシーで、こんな田舎の高校に来ててもいい人種なんだろうか。もう、芸能界とかの子なんじゃないか。きっと、趣味は音楽鑑賞(しかもクラシック)。放課後は大きなお屋敷で執事に紅茶を淹れてももらって優雅に過ごしているに違いない。
「よ、よろしくお願いします」
「今日からお隣さんなのに硬いぞ。気楽にいくべ」
以外にも訛っていらっしゃる。あれか、ここらの地主のお坊ちゃんタイプか。
眩しい笑顔に釣られて握った手は、以外にも硬く大きかった。こんな天使みたいな儚げでも、男の子なんだって、さらに恥ずかしくなった。
「おはよー」
「おはよう菅原君」
部活は美術部で風景画を描いているか、いやいや園芸部でお花を育ててほしい、なんてクラスでできた友達と盛り上がっていたが、菅原君は早々にバレー部への入部を決めていた。なるほど、だからあんなに手ががっしりしてたのか。納得したけど、少し残念だった。
まだ朝は冷えるけど、朝練を終えて教室に入ってくる彼の白い肌はいつもほんのり赤らんでいて正直心臓に悪い。いいけどね。
深窓のご令嬢みたいな見た目の彼だが、中身は意外とやんちゃらしい。この前、廊下で大きな男子に「シャフス!」と声をかけていたし。クラスの野球部の坊主頭をジョリジョリと撫でまわしていたこともある。あれはちょっと羨ましかった。
「何、考え事?」
「わ、ちょ、近いよ」
「へへ、わりぃ」
我に帰ったら至近距離に菅原君の顔があった。ビビった。心臓潰されるかと思った。ときめきに。召される召される。
私のリアクションに満足したのか、いたずら小僧みたいな顔をして菅原君は隣の席に着いた。窓際のその席に座った彼は爽やかな青空をバックにまるで一枚の絵画のようだった。
眩しいな。自然と目を細めてしまった。
空の色は、もう少し眩しい方がいい。もう少し先の夏の眩しい青がいい。きっと彼の髪色が映えるだろう。周りにひまわりを描くのもいい。きっと彼の輝く笑顔に映えるだろう。
放課後、一人教室でキャンバスに向かっていた。美術室で書いてもいいんだけど、クラスメイト、しかも隣に座る男子を描いているなんてなんだか恥ずかしくて、いつもここに来ている。
「これ俺? めっちゃ上手いな」
ギクリ
正直、一番見られたくない人の声がした。いくら部活で描いている趣味に毛が生えた程度だとしても、勝手にモデルにされてたら気持ち悪いだろう。むしろ毛が生えた程度だからこそか。どうしよう。ドン引きされてそう。声のした後ろを向けずにいると、名前が呼ばれた。私の名前。
油の切れたブリキのおもちゃみたいなぎこちなさで振り向くと菅原君がいた。彼は「よかった」と笑ってこちらに近づいてくる。何がよかったなんだ。
「一瞬人違いかと思ったよ。焦らすんじゃねーべ」
「ご、ごめん」
「俺、こんな風に見えんの?」
「ごめん」
彼の顔が見れなくて俯く。やっぱり不快な気持ちにさせてしまっただろうか。
彼の笑顔がもう見れなくなってしまうかと思うと、指先から体が冷えていくように感じた。
「綺麗な絵だな」
自然と口から零れ落ちたような言葉に、私ははっと彼の方を見た。彼の、菅原君の頬が仄かに赤くなって見えた。
「すっげー幸せそうな笑顔してんね。俺、こんな笑い方してんだ」
私はただ頷くことしかできなかった。すると菅原君はその場に座り込んでしまった。
「俺って、分かりやすいんだなぁ。はずっ」
椅子に座っている私の目線の下にふわふわの髪が見える。あ、つむじ。思わず手を伸ばしかけて、急に名前を呼ばれて慌てて手を引っ込める。
「俺、期待してもいいの?」
見上げられた視線はいつになく真剣で、髪から覗く耳が赤い。
期待? 期待とはなんだ。二人だけの教室、こんなシチュエーション、まるで告白みたいな――っ!?
「なっ」
「ひひ、真っ赤。そんな顔もできんのな」
「ちょ、もしかして揶揄ってんの?」
いつものいたずら小僧に戻った顔で、菅原君は教室をでた。やられた。完全にやられた。
「俺は真剣だし。絶対、俺のにするから」
廊下の窓から差し込む夕日に照らされた彼。それだけ言うと廊下を駆けていった。
あぁ、落ちた。何にとは言わないが、明日私はいつも通りに接することができるだろうか。それより前に、私はこの絵を完成させることができるだろうか。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。