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教えてあげません。

原作: その他 (原作:Axis powers ヘタリア) 作者: 鮭とば
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教えてあげません。

「本田!お、お前のメールアドレス、教えてくれ!!」
 休憩室に入ってすぐに少しくすんだ黄金色の頭をいきなり勢いよく下げられ、私は思わず首を傾げる。
「ええっと…。アーサーさんには以前教えたと思いますが…。というか、昨晩もメールしませんでしたっけ?」
 携帯電話の普及に伴い、その便利さから電話番号とメールアドレスを様々な友人と交換したのはつい先日。その中には勿論アーサーさんもいたし、今日の会議まで何度かメールでやり取りもしていた。
 なのにどうして今更教えてくれと再度頼まれるのか。
 もしや忘れ物キングの異名もあるアーサーさんのこと。今朝どこかに携帯を紛失したのかと尋ねようとしたものの、彼が右手に握りしめているのは以前も見た携帯電話。はて?
 困惑する私に、アーサーさんは顔を上げた。その深い森の色を宿した双眸が少し潤んでいる。
「だってあれ、仕事用だろ?この間アルの携帯でお前からのメール見たら違うアドレスだったし。だから、俺にもあのアドレス教えてくれ!」
「…嫌です。というかアーサーさん、もしかしなくても勝手にアルフレッドさんのスマホ見ましたね?親しい仲とは言えそれはしてはならない行為ですよ」
「勝手に見てない!アイツが自慢げに俺にお前とのメールを見せて来たんだよ!てかお前らちょくちょく会うの多くないか…って別に気にしてなんかないんだからな!」
「ツンデレ乙…ゴホン。ええっとそうではなくて、まあほら、アルフレッドさんとはゲーム&オタ仲間なのでしょうがないんですよ。最近色々イベントごともありましたし」
 危うく心の声が漏れてしまった。どうにか誤魔化す様に話の内容を逸らそうとするも、アーサーさんは逃がさないと言わんばかりの気迫でこちらを睨みつけてくる。…流石は元ヤン。堂に入った睨みっぷりだ。
 しかし、私とて伊達に長生きしていません。
 ざわつく内心が顔に浮かばないよう気を付けつつ腕時計を一瞬見、再度アーサーさんに口を開く。
「一つ教えてありますし、いいじゃないですか」
「…嫌だ」
「あらあら。それは困りました。…ですが」
「会議再開の時間だぞ!まだ席についてない奴は一分で戻って来い!」
 遠くでルートさんの良く通る声がする。流石時間通りです。
「戻らないと怒られてしまいますよ、アーサーさん」
「……どうしても教えてくれないのか?」
「ですから、以前教えたのでいいじゃないですか。ほら、戻りましょう?」
 にっこりと微笑めば、諦めたのか強張っていた肩を落としてアーサーさんがするりと休憩室から出て行った。どうにか諦めてくれて良かった、と私も重い一息ついてその後を追った。

 のだが。

「ほーんーだー!いい加減止まれこのバカっ!そして教えろっ!」
「馬鹿じゃありませんし嫌です!!」
 アーサーさんのしつこさを忘れていました。
 会議終わってすぐに素早く近づこうとしたアーサーさんに気付いて逃げれば、ダッシュで追いかけられ、始まる鬼ごっこ。くっ。会議で疲れた老体には堪えます。
「アドレスの一つや二ついいじゃねーかっ!」
「一つでも二つでもいいなら一つでもいいんじゃないですかっ!?」
「二つがいいって言ってんだこのバカ!」
「馬鹿馬鹿言う方が馬鹿なんですよ!」
「なら今本田の方が多く言った!」
「子供ですかっ!?」
 普段なら可愛らしい言い返しも、今は全く萌える余裕もない。どうにか撒こうと廊下の角の部屋に身を隠そうとするが、アーサーさんの見えないお友達のせいで気付かれ、鬼ごっこ再開だ。不思議紳士、ズルくないですか?
 そうこうしているうちに、ピーターくんやアルフレッドさんからすればお互いもういい年だが、私達の間では結構違う年齢のせいか、どんどん差が詰められてくる。このままでは、と焦ったせいか、足がもつれてこける寸前、グッと強い力で後ろに引かれた。
「…はっ、つ、捕まえた…ぜ、本田っ!」
「……し、しつこいです………」
 腕を掴まれては万事休す。堪らずその場にしゃがみ込む私に、真摯な瞳が迫った。
「何でそんなに、教えてくれないんだよ」
「…ですから、一つ教えてありますでしょう?」
「仕事用なんで嫌だ。俺達、友達じゃなかったのか…?」
「……」
 ―だから、本当、どうして。
 心の中で罵倒して、少し緩んだ腕の力から瞬時に逃げ出す。再度伸ばされかけた手をすり抜け、寂しそうな表情を浮かべるアーサーさんをキッと睨みつける。その表情を浮かべたいのはこちらの方だ!

「何でいつまでもそちらが仕事用だなんて思いこんでいるんですかっ!このすっとこどっこい!!」

 そちらがプライベート用だと何故気付かない!?
 激情のまま大声で叫んで近くにあったソファの上のクッションを投げつけてやる。綺麗に顔面にヒットしたにもかかわらず、ぽかん、と動きを止めたアーサーさんを置いて私は会議場をむしゃくしゃしたまま走り去った。
 その後ろであまりのことにフリーズしていたアーサーさんが私をもう一度追いかけようと走り出そうとして、盛大にクッションでコケるまで、あと数分のこと。
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