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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第29話 翠緑と群青の追憶⑱

 キヌエの提案にゼンジは意外さに驚きを隠せなかった。厳格で規律に対して誰よりも遵法である彼女が、風紀委員ではない他者を巻き込もうとしている。それだけ追い詰められているのか、それとも、先ほどのセナのエクシードに何かしらを感じ取ったのだろうか。キヌエの心胆は読めないが、今が『マザー』を倒せる千載一遇の好機であることは確かである。相手にある程度の知能が備わっているのなら、同じ手が通用するとは限らないのだ。
「セナちゃん……」
 遥が何か言いかけようとしたが、俯いて悩んでいたセナが顔を上げ、その眼に揺るがぬ意志を宿しているのを察知して、口をつぐんだ。
 セナが決然とした口調で言った。
「私にできることがあるなら、やらせてください」
 そこには意を決した人間の表情があった。戦うことを選択した者、傷つくことを決めた者、大切なものを守るために、困難に立ち向かおうとする者の、揺るぎない意志の光があった。
「協力感謝するわ。あなたのことは私たちが何があっても守る。だからあなたは攻撃だけに集中して。全てを一撃で終わらせることだけを考えて頂戴」
 キヌエがゼンジをみた。
「あなたが倒れても作戦は成功しないわ。あと1回、いけるわよね」
 有無を言わせない圧がある。ここで「無理です」などと言えば、恐怖のどん底の、さらに下まで埋められそうだ。
「正念場ですね。男の意地にかけてやりきりますよ。セナとのリンクは初めてだけど、まぁぶっつけ本番なのはキヌエ委員長ともそうだったし、なんとかなるでしょ」
 正直体は全身痛いし、鉛みたいに重いし、今すぐ布団に飛び込んで一日中眠りたいけど、下手な余裕がない分余計なことは考えずに済みそうだ。このリンクに全部注ぎ込む。
 セナが心配そうにこちらを見ている。ああ、心の声が聞こえてしまったのか。だったらもう、思ったことを口に出して伝えてしまう方がいいだろう。
「死んでもリンクは切らさない。こっちに全部任せろ」
 セナの肩に手を置く。彼女の覚悟に全力で応えよう。それだけでいいのだ。
「セナちゃん、あたしも全力でサポートするから。何があってもセナちゃんを守るよ」
 遥も隣に来て自分を奮起させるように言った。
「話は決まったわね。時間がないからすぐに実行するわよ。細かいことは各自の判断に委ねられるけど、1つだけ決め事を作るわ。私が『撤退』と言ったら、作戦はすぐに中止して学園へ逃げるように。どんな状況でもこの命令だけは守って頂戴」
 一同がうなずく。作戦の概要を話してキヌエはマリオンたちにも伝えにいった。いよいよこの戦いも終わりが近づいてきた。早く終わらせて、元の平穏に戻りたい。ゼンジは狭い予備室での何気ない日常を思い出していた。概要しかない作戦を伝えにいったキヌエが合図を送っている。開始だ。
「よし、行こう」

 ウロボロスを蹴散らす。クラリス、マリオンが先頭を突っ切り、キヌエ、レイナが続き、テオドーチェとアクエリアが後方からエクシードで牽制を行い、セナとゼンジを守るため間近に遥が控えていた。
 短期決戦が勝負の決め手となる。『マザー』の守りに穴を開け、セナのエクシードを損傷箇所にぶつけること。風のような疾さで遂行すること。そして失敗したら速やかに退くこと。共有された作戦はこれだけだった。
 苛烈な戦闘が目の前で展開されている。キヌエの雷撃が落ち、レイナの砲撃が飛び交い、クラリスとマリオンの華麗な剣撃と体術でウロボロスが粉砕されていく。セナは切り開かれた道を走りながら、自分の大胆さに信じられない思いを抱いていた。まさか自分がこうしてウロボロスの群れの中を、風紀委員の面々に守られて、強力な敵に向かって進んでいる。しかもこうなった端緒を作り出したのも、自分の行動によるものなのだ。
 なぜあの時、ウロボロスを攻撃したのか。ウルリカの制止も聞かずに、衝動に駆られて。何の因果が巡ってこうなったのだろう。はっきりしているのは、何かを失うことへの異常な恐怖があったということだ。
 でも、冷静になれば自分の心がよくわかった。短い間でも、あの人たちと過ごした時間は楽しかった。ずっと忘れていた他者との触れ合いの暖かさを、あの人たちは自分に思い出させてくれた。だから失うのが怖かったのだ。
「ウルリカ」
 セナは無二の親友の名を呼んだ。
「なによ」
 いつもの素っ気ない返事が返ってくる。
「ごめんね。忠告も聞かずに、勝手なことばかりして。ウルリカは止めてくれたのに」
「いいわよ別に。あなたがそうしたいからやってることでしょ? 誰かと関わるように勧めたのはあたしだし、もっと積極的になれって発破もかけたしね。まあこんな急にやってくれるなんて思いもしなくて驚いたけど」
「うん、でも、これで少し、私も変われそうな気がする」
「そう、ならいいわ。思うようにやりなさい。あたしはなにがってもセナと一緒にいるから」
 ウロボロスの陣形の一角が崩され、下腹部を膨張させた『マザー』がみえた。遥がこちらを振り返る。
「セナ! ゼンジくん!」
 αドライバーのフィールドが展開され、ゼンジとリンクが繋がれていく感覚がする。同時に力が溢れてくる。エクシードのリンク、心の繋がりが感じられる。ゼンジとだけではなく、風紀委員のみんなとのつながり。
「フライハイト!」
 渾身のエクシードが『マザー』の体を貫いた。
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