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アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
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第27話 翠緑と群青の追憶⑯

 『マザー』の半分に欠けた下半身が膨張していくのが見て取れた。大きく息を吸い込むような吸気音と、他に体内から囂々と唸りを上げるかのような、地殻の下で溶岩が蠢いているかのような音。その音を聞いた時、襲撃前にDr.ミハイルが言っていた仮説が脳裏に浮かび上がった。

「『マザー』が随伴機に各世界で何らかの質量物を集めさせていた件だが、『マザー』は出現するたびに内包するエネルギー量が上昇していた。そこで私が考えるのは、『マザー』は物質に宿る微量なエクストラエネルギーを体内に取り込んでいるのではないかという仮説だ。人間が食物を消化して運動エネルギーに変換するように、『マザー』も物質を摂取し、エクストラエネルギーを溜め込んでいると思われる。何のためにそんなことをするのかはまた仮説でしかないが、そのエネルギーを攻撃に使用するのであれば、プログレス数十人分というエネルギーを一度に放出することも可能かもしれないな」

 走馬灯と呼ぶには些か味気ない回想だな。
 そんな呑気なことを思っていられたのも束の間であった。全神経に警戒信号が駆け巡る。
「全員退避!」
 キヌエの緊迫に満ちた叫びで、風紀員たちは即座に距離を取ろうとした。クラリスが遥を引っ張り、アクエリアがテオドーチェを抱えて走り出す。
 『マザー』の前方に丸い空洞が開いた。そこには大振りな砲身があったのだがキヌエ委員長の雷撃で吹き飛ばされている。代わりにその場所に空洞が空き、その空洞は今、小ぶりな小屋なら飲み込めそうな大きさにまで広がっていった。生々しい肉壁がとぐろ状に連なり、奥は虚無に隠されている。「ごぅっ」という不快感を掻き立てる耳障りな音の後、空洞周辺の肉が盛り上がり、そして、上空から青藍学園を襲ったあの砲撃を再び放った。
 衝撃と烈風は凄まじく、立っていられないほどだった。砲撃は眩い軌跡を残しながら西の空へと直線状に飛んでいった。砲撃が斜めに逸れたのは、直前のキヌエによる攻撃のためだろう。もしもあの砲撃が学園に当たっていたらと思うと、背筋が凍る。
 砲撃を放った『マザー』の体は空気が抜けたように萎み、力なく脱力している。だが力尽きたわけではないことは明らかだった。再び例の吸気音が聞こえ、次の攻撃の準備に入っている。
 もう一撃が必要だ! 先ほどのキヌエと同等か、それ以上の一撃が!
 しかしこの場の風紀委員は一連の戦闘で消耗が激しく、圧倒的な火力のエクシードを発動できる状態ではなかった。唯一のαドライバーのゼンジも満身創痍であり、もう一度リンクを繋げられるか定かではない。
 『マザー』が吠えた。地獄の門が開き、責め苦を受け続ける罪人の発する叫びが地上にまで届いたかのような、怖気を振るう声だった。
 頭上にぽっかり空いた穴から、細い影が動いた気配がしたかと気付いた直後、鈍色の甲殻の随伴機が湧いてきて、次々と校庭に落下してきた。『マザー』を護るように周囲を固め、数匹が風紀委員向かって猛進してくる。
「雑魚は消えるデス!」
 レイナが弾幕を張って応戦する。その隙間を掻い潜ってくるものをクラリスとマリオンが蹴散らした。だが穴からはまだ随伴機が出てくる。
「鬱陶しいですわ! 一体どれだけいますの!」
「いくら倒してもキリが無いな。やはり本体を叩くしかない」
 言いながら、クラリスの表情は固かった。今の自分たちの現状では、『マザー』を倒すことが非常に困難だということを感じていた。キヌエ委員長はあの一撃に力を使い、消耗している。私とマリオンの攻撃なら? レイナも加われば今の弱った『マザー』なら仕留め切れるか。随伴機たちの防御を突破して?
 無理だ。クラリスは直感的に悟った。長時間の戦闘によって余力も少ないこの状況で、あの防御を突破して強烈な攻撃を加えるなど不可能だ。特に遥やアクエリア、テオドーチェはもう戦うことすら厳しいだろう。
 そう考え、はっと遥たちの方を見た。エクシードで応戦しているが、劣勢に追い込まれている。
 アクエリアの爆風の中から1匹の随伴機が飛び出し、遥たちに襲い掛からんと腕を振り上げた。
 危ない! クラリスは反射的に駆け出していたがすでに間に合わない。無慈悲な死神の鎌が創造者の意図した通りの務めを果たそうと振り下ろされた。時が止まる一瞬、不思議と静かだった。
「フライハイト!」
 死神の鎌が命を刈り取るという第一義の役割を全うする直前、横から奔る閃光に鎌は砕かれ、随伴機の甲殻が貫かれた。
 何事が起こったのか暫し呆然とするクラリスは、閃光が放たれた方を見て、校庭へ降りる階段の上に人影を認めた。見覚えのある長いブラウンの髪、肩に乗っているキツネか猫に似た妙な生き物は、セナ・ユニヴェールであることを如実に物語っている。手に握っているのは大型の拳銃であり、穏やかな彼女にはいかにも不似合いな代物だった。
 
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