ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

アンジュ・ヴィエルジュ ~Another Story~

原作: その他 (原作:アンジュ・ヴィエルジュ) 作者: adachi
目次

第25話 翠緑と群青の追憶⑭

 『マザー』の全貌は醜悪を極めた姿形であった。人間に酷似した上半身の腰から下部分は白い肉の風船と言ってよく、針で刺せば破裂するのではないかと考えてしまう。 巨大に膨れた肉塊の下腹部には随伴機よりも一回りか二回りは大きい節足が体を囲んで満遍なく連なり、ムカデの足を連想させる異風であった。Dr.ミハイルが言うには『マザー』の総質量は随伴機の25倍から30倍と予想していたが、これは40倍を超過しているのではないかというほど体格に格差があり過ぎた。まるで小山である。縦に3つ並んだ赤い眼が遥たちを見下ろしていた。
 ゼンジが校庭に戻った頃には戦闘は苛烈に進行していた。レイナのエクシードによって電磁砲が組み立てられ、軌跡のみを捉えることができる光線が放たれ、白い肉体に黒い穴が開けられ、肉が焼ける臭いが漂う。『マザー』は低く呻き、4本の触手を鞭のようにしならせ、敵を排しようと地を叩く。横薙ぎに襲い来る鞭撃をマリオンの蹴りが受け止める。踵が地にめり込み、深い轍を数十センチ掘り進んで止まった。3度目のキヌエの雷撃が命中したが、やはりこれも一部を焦がす程度の効果しか与えられないようである。
「いやー飛んだ飛んだ。あんなに吹っ飛んだの生まれて初めてだったぜ」
 ゼンジが遥らに合流した。
「ゼンジ君生きてたんだね! もしかしたら死んでるんじゃないかと思ってた」
「あんまりだなおぶふぅ!」
 遥が半ば飛び付くようにしてきたため、不意を突かれたゼンジはモロに受けてしまい、全身に痺れるような痛みが駆け回った。
「良かった、本当に良かったよ」
「ゼンジー!」
「待てテオォォォ! お前まで来ると死ぬから!」
「ゼンジさん。体のお怪我は大丈夫なんですか?」
 遥を引き離してからアクエリアが訊いた。この場にセナがいないことをゼンジは信じてもいない神に感謝した。
「あの程度でくたばるゼンジさんじゃないね。今が正念場だろ。さっさと片付けて蟹鍋パーティーだ」
「残念だがそう上手くは行きそうにない。風紀委員総出でかかっているが有効なダメージを与えられていない」
「そうなんだよ。あの『マザー』硬くて異常にタフなんだよね、それに……」
 鳴動。キヌエら風紀委員は攻撃を続けていた。だがマリオンの蹴りも、レイナの砲撃も、キヌエの雷すらも目に見える効果は期待できそうにない。
「連携は?」
ゼンジが訊くと、クラリスが微妙な表情をし、
「取り合ってもらえなくてな。遥たちに至っては参加すら認めていないらしい」
 『マザー』が4本の触手を目一杯まで上げ、同時に振り下ろした。粉塵が校舎より高く舞い上がり、地を這う風紀委員らを盲にした。2度3度と立て続けに振り下ろされ、地面が揺れ、校庭一帯は爆心地のような有様となった。これはさすがにキヌエたちも対処できず、一時退却が選択された。
 退却した林の中でゼンジはキヌエらに呼びかけた。
「俺とリンクしてくれませんかね」
 この時のマリオンとレイナの表情は見物であった。驚きと軽蔑と苛立ちとその他言い表せぬ種々様々な感情のスパイスが混ぜ合わさったような表情をしたので、ゼンジは口角が上がるのを必死に抑えた。
「アルドラが何を言いますの! 1人では何もできない臆病者は引っ込んでなさい!」
 我慢できぬと遥が口を挟む。
「ゼンジ君は臆病なんかじゃありません! 私たちと一緒にウロボロスと戦ってくれています! 取り消してください!」
「何を…! 戦力にもならない新人が生意気な!」
「私たちだって戦えます! 戦っています!」
「落ち着け遥」
「マリオン。見苦しい真似はよしなさい」
 クラリスとキヌエが仲裁に入って場は鎮まったが、悪感情の発露は収まりきれないで宙を舞っていた。
「リンクをすると言うけど、ここにいる全員とリンクをするつもりかしら。そんなことが可能なの?」
 ゼンジはたじろいだ。今この場にいる7人のプログレスと同時にリンクを繋いで維持する自信はなかった。せいぜい5人が今のゼンジの限界であろう。
「それは無理ですね」
 正直に話すしかないと腹を括った。
「リンクするのは遥とクラリス、それにマリオン副委員長とキヌエ委員長に絞ろうかと考えています」
 ゼンジの提案にキヌエだけが静かに頷いた。
「なるほど。現実的な作戦ね」
「特にキヌエ委員長に集中しようかと思います。俺たちの切り札となるのはあなたしかいませんから」
 しばらく沈黙した重たい空気が流れた。各人が各人の思慮に耽り、なお最終的な決定が下される時を待っていた。一体どのような思惟がキヌエの胸中に浮かんでいるのだろう。もしリンクの件が断られたら『マザー』にどう対処しようというのか。各地ではまだウロボロスとの戦闘が続いており、他所からの救援は期待できない。他の世界からプログレスが駆けつけてくれるかもしれないが、どのみち門を通って青の世界にくるまで『マザー』を引き留めなければならない。もしウロボロスが世界水晶を破壊したなら、世界はDr.ミハイルの予測より早期に滅びることになるのだから。
「どうか優先するべきことを見誤らないでいただきたい」
 ゼンジはつい余計なことを言ってしまったと悔やんだが本心からの言葉でもあった。それが功を奏したか否か不明だが、キヌエの返答は喜ばしいものだった。
「いいでしょう。αドライバーのリンクを受け入れるわ。人数は先程の4人でいいわね」
「! そんな……!」
「いいんデスか。アルドラに頼ることになっても」
「レイナ、マリオン。私たちは風紀委員よ。個人の意思より風紀委員として職務を果たすべきだわ」
「そんなの、アルドラがいなくても」
「余計な問答をしている暇は無いの。どうしても嫌なら他の誰かに代わってもらうわ」
 レイナもマリオンも口を閉じざるを得なかった。代替案としては無根拠な精神論しかなく、そんなものに身を委ねる愚かさを知悉している彼女たちであった。
「私たちもあまり余力はないわ。何としても次の攻撃で決めなければもう手がないわね」
「上手くいくことを祈りましょう」
 何に祈るのか、ゼンジはそんなことを考えた。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。